(取材)DXインフルエンサの養成で地域企業の発展・変革に貢献する|歴史ある東北大学のリカレントプログラム

世界的な研究成果を挙げている研究所や大学本部のある東北大学片平キャンパス

すべての産業分野でのデジタル人材の需要増大によって、多くの大学・企業等がDX・AI人材の育成に取り組み、多彩なプログラムを展開しています。また、特に地方の中小企業やITベンダーにおいては、人材の不足の深刻化が顕著になっています。

東北大学では高度なITの基盤技術を地域企業や県外の企業にも提供し、20年来にわたってデジタル人材育成に貢献してきました。

2023年度は文部科学省の採択を受けて「数理・データ科学・AIの導入により地域企業を変革するDXインフルエンサの養成」プログラムを開講します。このプログラムは「育成した人材が企業のDX化のインフルエンサとなっていく」ことを目的とした新しいプログラムです。

また東北大学は、国際卓越研究大学の認定候補としても選定されています。

今回は、プログラムご担当の情報科学研究科/未踏スケールデータアナリティクスセンター長の中尾 光之氏に詳しくお話を伺いました。

10/4(水)より、「数理・データ科学・AIの導入により地域企業を変革するDXインフルエンサの養成」プログラムの申し込みが始まっています!

Stage1はオンデマンド受講可能ですので、東北地域の方以外でもご興味ある方は詳細をご確認ください。2023年度はStage1〜3まで全て無料で学べます。

■応募〆切:11月8日(水)

■開講期間(予定):2023年11月〜2024年3月末

プログラムの概要やお申し込み、受講方法など詳細はこちら↓↓↓

https://dxi.is.tohoku.ac.jp

地域のデジタル人材育成を担ってきた東北大学情報科学研究科

東北地域が抱える深刻な課題

コエテコカレッジ編集部(以下、編集部) まず、「数理・データ科学・AIの導入により地域企業を変革するDXインフルエンサの養成」プログラムについて、創設された背景や目的、特徴など詳しくお聞かせください。

中尾 光之 氏(以下、中尾<敬称略>) 東北地域は我が国が抱える課題の先進地域と言われています。東北地域の産業構造の外形的特徴として中小企業がほとんどであること、データ科学・AI導入の前提であるデジタル化が立ち遅れていること、IT系と他業種との連携が進んでいないこと、人材の流動化を経た新たなビジネス動向への対応への遅れ…など、さまざまな課題があります。

IT系の企業だけでなく、モノづくりやサービス系企業においても今後のビジネスではDX化が必須であるという危機感があります。

また、IT技術者においてもITや数理・データ科学・AI(AIMD)の実践スキルが学べる講座や資格取得支援のニーズが高く、さらなるスキル習得への意識が高いことが、業界や経済団体、自治体、東北経済産業局などからのヒアリングや産学連携リカレント教育プログラムの地域ICT企業への広報・実施の経験、リカレント人材育成事業のアンケート調査などからわかりました。

本学ではこうした課題を踏まえて、新たなプログラムを創設しデジタル人材育成を行うこととなりました。

東北地域にIT人材を根付かせるための取り組み

編集部 なるほど、そういった状況から東北大学では地域の課題解決のために以前からリカレント教育に力を注いでいらっしゃるのですね。

中尾  東北大学の情報科学研究科では、2005年度採択の経済産業省「産学協同実践的IT教育基盤強化事業」、2007年度採択の文部科学省・経済産業省共管事業「アジア人財資金構想」など、主に地域のIT企業の協力を得て、産学連携IT教育への取り組みを行ってきました。ですので、20年ほどにわたり大学と地域企業が相互にリソースを提供しあい、スキルアップや学生の実践的な教育を行ってきた実績があります。

大学が持っているITの基盤技術を元にして地域のIT系の企業にノウハウを提供したり、逆に地域のIT系企業から実践的なIT技術を主に大学院生向けにご提供いただくという協力体制を作ってきました。

10年以上前からデータサイエンス分野における人材需要の高まりについては言われ続けていましたが、それに呼応するような形で大学院レベルで国際共同大学院を設立しました。これはデータサイエンスと共に実践的なスキルを持つ多様な専門分野の学生を育成することが目的です。

社会人向けのデジタル人材育成の最初の取り組みとしては、文部科学省の事業enPiT(情報技術人材育成のための実践教育ネットワーク形成事業社会人の学び直し教育へと発展させてenPiT-Proを実施しました(支援期間2017〜2021年度、その後自主継続)。

また、リカレント教育の1つとして大学のAI・数理・データ科学(AIMD)教育のリソースを最大限に活用したブリヂストン×東北大学デジタル人財育成プロジェクトとして産学連携の拠点となる共創研究所を2021年に設立しています。

このように学部生、大学院向けの教育とリスキル・リカレント教育の両方で実践的な高度人財育成を行ってきてはいましたが、なかなか学ぶ意欲の高い人を多くリクルートできていないという課題もありました。

今回、文部科学省で採択された数理・データ科学・AIの導入により地域企業を変革するDXインフルエンサの養成」プログラムは、地域の抱えている様々な課題の解決方法の大きな一歩となると考えています。

「数理・データ科学・AIの導入により地域企業を変革するDXインフルエンサの養成」プログラムの目指すところ

編集部 このプログラムの目的についてもう少し詳しくお聞かせください。

中尾 ある程度大きな規模の企業であれば、その中にITやDXを担う人材を抱えることができますが、中小企業ではそういった人材を抱える余裕がありませんし、通常の労働時間を削って人材育成に時間をかける余裕もありません。そうなると、現状の業態を続けざるを得なくなってしまいます。

必要な人全てに必要な教育を提供できれば良いのですが、大学としてはリソースが限られているので、難しい問題です。

ではどうやってDXの重要性を訴えてアプローチしていくかですが、ITベンダー企業ある程度の規模のユーザ企業から受講生を募って、ITのテクニカルな部分で総合的な技術を身につけてもらい、その方々がコアとなる人材(インフルエンサ)となって自分が身につけたノウハウを周囲に波及させ、人が人を呼び…と階層的に広がっていく、という状況を目指しています。

受講生は総合的なスキル習得と共に、自分のスキルを周りに広げるためのコンサルテーションのスキルも学びながらマインドを醸成していくような内容になっています。

受講生はITスキルのレベルがさまざまで、多様な背景を持つ人材に対してそれぞれの需要があります。企業団体等でも多くのプログラムを実施されているので、そういった団体とうまく連携をとりながら多様なデマンド(要求)に応えていけたらと考えております。

青葉山キャンパスの情報科学研究科

プログラムの概要

オンデマンドで基礎的なIT知識を学ぶStage1

編集部 このプログラムにはどのような特徴がありますか?

中尾 このプログラムは、サイバーセキュリティ、クラウド利用、AIMD(AI・数理・データ科学)の3つを柱としてStage1〜3の3部構成に分かれています。

Stage1ではまずサイバーセキュリティおよびクラウド活用技術(これをここではITと総称)の基礎に加え、AIMDのリテラシレベルの知識を学びます。

セキュリティに配慮したクラウド上のAIMDツール活用の基盤的スキル(IT+AIMD)を身につけていただき、特にAIMDのリテラシ、プログラミングからIT+AIMDの基礎まで幅広い知識やスキルレベルにも対応できるよう構成されています。

Stage1は全てオンデマンドで学べます。基礎的な内容も含まれますので、数学を駆使して問題を解いたり数式を使って計算するような経験やバックグラウンドがないような文系の方でも受講可能な、今後DXを深く学んでいく上で必要となることが学べるプログラムになっています。

DXを使って何か課題を解く際に、デジタル化のリソースと、それを元にシステムをどう構築するかを策定して、課題解決を行うという総合的なスキルを身につけないと、インフルエンサとなって周囲を巻き込んでいける人材になるのは難しいと考えています。

そのためにサイバーセキュリティ、クラウド利用、AIMDが3つの大きなテーマとなっていて、Stage1ではご自身のレベルに合わせて学んでいただけますが、クリアすべき単位数を設けています。

競い合い、教え合いながら育まれるコンサルテーション力

編集部 Stage2、3からPBL(Project Based Learning)や演習課題等がカリキュラムに入る実践的なプログラムになっているのですね。

中尾 ​​Stage2ではさらにITとAIMDの先端的知識について学ぶと共に、Kaggleというツール(データサイエンス・機械学習に携わる世界中の人が集まった約40万人からなるコミュニティ)を使った演習用課題に取り組みます。

これは、個人間のコンペ形式で行い、高パフォーマンスのアルゴリズム構築を「競い合う」と共に、異なる課題に取り組むグループメンバー同士の「教え合い」によりグループ全体のパフォーマンスを向上させることを目指します。

これにより、各メンバーのスキルアップを図ると共にコンサルテーション力が身についていきます。ここでいう「コンサルテーション力」とは、「教え合い」の過程で育まれる能力であり、グループメンバーが直面している課題解決のために問題点を正確に把握し、一緒に考えアドバイスを行うことのできるマインドを指します。

PBLは個人で取り組む場合もありますが、グループで課題に取り組むこともあります。ただ私共の経験上、グループだとどうしても元々のスキルが高い人が全てやってしまって同じグループの他の人にスキルが身につかないということが起こり得ます。

グループ単位で評価されるのであればそれでも良いのでしょうが、個人の学習で考えると教育効果としては評価できませんので、互いに競い合いとグループの中で教え合うようなフレームワークを作って実装したいと考えています。

基本的には、課題は個人で取り組みます。課題解決を競い合うのがコンペの内容になりますが、異なる課題を持つ個人がグループを作ることでグループ内の他の人の課題についてアドバイスし合うような体制を作り、グループとしてのパフォーマンスと個人のパフォーマンスを両方評価するような仕組みを作りたいと考えています。

最終的にStage3では、実データを用いた課題解決PBLに、クラウド上でセキュリティにも適切に配慮して取り組み、オールラウンドで実践的なAIMD活用技術を身につけます。

ここでもグループメンバー間の「教え合い」によるグループパフォーマンスの向上を目指します。

Stage2、3に関しては、もともとITスキルや知識がある程度あり、経験のある方でないと解くのが難しい演習も出てきますので、ITのスキルを持っている方が対象となるようなカリキュラムになっています。

以下、「数理・データ科学・AIの導入により地域企業を変革するDXインフルエンサの養成」プログラムのWebページです。プログラムの概要やお申し込み、受講方法など詳細情報はこちらをご確認ください。↓↓↓

https://dxi.is.tohoku.ac.jp

受講者には世界標準のオープンバッジを交付

編集部 このプログラムを終了すると、修了証が発行されるのでしょうか。

中尾 Stage1とStage2、3にわけて、カリキュラムを終了した方にはオープンバッジ(スキルレベルを世界標準で保証するバッジ)を発行し、交付する予定です。

受講生にとっては、オープンバッジの獲得はエンジニアとしての自身のスキルレベルを証明するものとなるので、他のプログラムでの獲得を目指すなど今後の学びもモチベートできるようにしていきたいと考えています。

開催期間、費用等について

編集部 プログラムの開催期間や募集については、詳細が決まっておりますでしょうか?

中尾 具体的な開催期間や募集についてはこれから順次決まっていきますが、Stage1は10月半ばくらいまで募集して、プログラムを1ヵ月くらいかけて実施します。

Stage1は全てオンデマンド、e-learningコンテンツを好きな時間に自主学習していただきます。Stage1は部分受講としても受講が可能で、多くの方を対象に100名募集予定です。

その後Stage2を2ヵ月間、Stage3を3ヵ月間くらいの日程で考えています。Stage2、3の募集はそれぞれ30名の予定です。おそらくStage2を2023年の年末にかけて開催し、Stage3は年明けから年度末までになると思います。

Stage2はStage1と同様にオンデマンド、e-learningコンテンツの学習に加えてオンライン・リアルタイムで講師による課題説明があります。各個人でKaggleの課題に取り組んでいただきますので、オンラインではありますが受講生をグルーピングしその中で先ほど申し述べたような競い合い、教え合いをしていただきます。

そしてStage3では対面のPBLがカリキュラムに入ります。対面のPBL日程など詳細は現時点(2023年9月現在)では未定ですが、社会人の方が参加しやすいよう土日や平日夜間等の日程で行う予定になっています。

費用に関して、Stage1〜3全て2023年度は無料で受講できます。

育成した人材が地域企業で即戦力となるフォローも

編集部 育成した人材と地域企業の関わりについて、教えてください。

中尾 この事業を立ち上げるにあたって、地域のIT系のベンダー企業団体、ユーザ系企業や東北経済連合会、商工会やモノづくり系のみやぎ工業会、自治体、東北経産局などのご支援を賜りました。

Stage1については、広い範囲の方が対象となりますが、Stage2、3については当面はITベンダー企業やユーザ企業の社員等が対象となるでしょうか。

DXやAIやデータサイエンスに関してその必要性はわかっていても企業側で社員がスキルをすぐに習得してビジネスの展開に結び付けられているかというと必ずしもそうではないのが現状です。

ITベンダー企業においては真っ先に先端のAI等の技術を身につけて、サービス系企業などのユーザ企業に「AIを使えばこんなことができる」とアピールし、そのインフラをITベンダー企業が担うような展開になればと期待しています。

ある程度の規模のユーザ企業においてはデジタル化を受け入れられるような体制は作れると思いますので、その成果で他の中小のユーザ企業にも影響を与えていき、地域全体を盛り上げていくことが重要だと考えます。

まずは、育成した人材がDXインフルエンサとして企業の中で活躍することが1番の目的です。その人材が周囲を巻き込んで自社のシステムを改善した企業が1つできれば、それをロールモデルとしてさらに周囲の中小企業をも巻き込んで展開していけるようになります。そのためにも、受講生が学んだ後もそれぞれをしっかり見守りたいと考えていますし、そういった環境を整えていきたいと思っています。

編集部 なるほど、受講後のフォロー体制もしっかり組まれていく予定なのですね。素晴らしいと思います。

人材育成が東北各地に広がる環境作りを支援

プログラムの波及効果に期待

編集部 今後、このプログラムはどのように発展していくとお考えでしょうか?

中尾 このプログラムだけで、多様な背景を持つ全ての人の課題を解決できるわけではありません。現在では数多くの人材育成プログラムがありますし、実際に近隣の自治体や企業団体でも、それぞれのリサーチに基づき把握されたデマンドに応じたプログラムを実施されています。

こうした近隣のプログラムと当大学のプログラムがうまく連携して、多様な人材需要にフィットするようになっていけるようにと考えております。

もう1つ、このプログラムの目的でもお話ししたスケーラビリティ(拡張性)も、今後高まっていくことを期待しています。教える側のリソースは限られてしまうので、学んだ人が習得したことを周囲にどんどん広げ、波及させていくことを期待したいですし、それを支えるような環境を作りたいと思っています。

人材の普及が東北地域の可能性を広げる

中尾 また課題として、この事業は文部科学省の採択を受けて行うため、2023年度は無料で開講することができました。しかし今後は、東北地域へ持続的に高度人材を供給していくためにも、自立化して開講できるよう仕組みを整えていきたいと思っています。

その基盤として東北地区の大学を束ねた東北創成国立大学アライアンス(東北地区の弘前、岩手、東北、宮城教育、秋田、山形、福島の7国立大学と新潟大学からなるプラットフォーム)があります。

こうしたネットワークを経由して、このプログラムで培われたノウハウが広がっていくことが、事業の自立化の支援と東北地区の人材不足の解消に繋がり、地域産業の発展の可能性が広がると考えています。

学びが地域産業の発展を支え広げていく

編集部 社会人がこうしたリカレントプログラムを通して学ぶことに対して、どのようなことが大切だとお考えでしょうか?

中尾 中小企業が多くを占めるというのは地方の産業構造の特徴だと思いますが、その中でどうやって生き残っていくのかを考えた時に、地域に根ざしたITベンダー企業が自分たちの顧客を中心にデジタル化の底上げを担うのができることの1つだと考えています。

また、それぞれ独自のコンピタンス(企業として価値のある専門的な能力)を持った中小企業が、DXを基盤として互いに連携をしながら新たな事業に踏み出していくというのが、理想とするところです。

今データアナリティクス、ChatGPTなど生成系のAIが注目されていますが、例えコンピュータやアルゴリズムを完全に理解できなくても、これらのツールや結果をユーザーとして活用し、課題の発見や解決をするということも重要になっていると思います。

こうしたプログラムを受講して課題を発見したら、ぜひ大学の講師陣と共に解決策を考えていただきたいと思っています。

中尾 光之(なかお みつゆき)

1984年3月東北大学工学研究科情報工学専攻 博士後期課程修了。工学博士。2003年4月東北大学情報科学研究科教授に就任。2022年3月退職まで評議員、研究科長などを歴任。現在、総長特命教授ならびに副理事(AI・データ戦略担当)、2022年1月に新設された未踏スケールデータアナリティクスセンター長を務める。専門はバイオモデリング論で、生物の様々な機能を実験的に計測・分析や、数学的なモデリングを行う。一方で、文部科学省・経済産業省共管事業「アジア人財資金構想」、文部科学省「分野・地域を越えた実践的情報教育協働ネットワーク(enPiT)」、東北大学データ科学国際共同大学院、文部科学省「数理・データサイエンス・AI教育強化事業」に参画。産学連携による実践教育に取り組む。

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