(取材)社会人のリスキリングを文部科学省がバックアップ!|DX等成長分野における就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業

文部科学省 総合教育政策局 生涯学習推進課 職業教育推進係長 川島志月氏

人生100年時代を迎える今、産業界では技術革新が進み、働き方や求められる知識・スキルは大きく変化しています。そんな変化に対応するための学びのあり方として関心が高まっているのが、リカレント、リスキリングといった社会人の学び直し。とはいえ、「費用がかかる」「時間がとれない」「本当に役に立つのかわからない」といった理由から、一歩を踏み出せない方も少なくありません。

DX等成長分野における就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」は、そうした現状とコロナ禍による影響を踏まえ、文部科学省が2022年度に実施する社会人の学び直し支援。就業者・失業者・非正規雇用労働者を対象に、大学や専門学校、高等専門学校などがハローワークや産業界と連携して実践的な教育プログラムを提供、さらには就職・転職支援まで行うというものです。

この取り組みの詳細について、文部科学省でリカレント教育を担当する川島志月氏にお聞きしました。

「本当に役立つリカレント教育」を目指して

コエテコカレッジ編集部(以下、編集部) DX等成長分野における就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」の目的と概要を教えてください。

川島志月(敬称略 以下、川島) コロナ禍による雇用情勢への影響やデジタル化の進展を受け、就業者・失業者・非正規雇用労働者の方に、デジタルやグリーンなどの成長分野を中心とした就職・転職につながる知識・スキルを身につけていただこうというのが本事業の目的です。

これはリカレント教育全般にいえることなのですが、大学などでプログラムを提供しても、企業や受講者側のニーズ把握が難しく、受講者が企業に戻ったり転職したりするときに、本当に使える実践的な能力が必ずしも育成できていないという課題があります。そこで本事業では、プログラムを開発・実施する大学などを拠点に、企業・経済団体と連携し、ニーズに合ったプログラム開発、企業の方を招いての課題解決型プログラムの提供などを通して実践的な能力を育成。それとともに労働局・ハローワーク・キャリアコンサルタントとの連携による就職・転職支援も行いたいと考えています。

編集部 本事業は2021年度に実施された「就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」に続くものですが、両者の違いは何ですか?

川島 大きく分けて4つあります。1つ目は、昨年度(2021年度、以下同)は大学が主な対象だったのに対し、今年度(2022年度、以下同)は専門学校も対象としています。専門学校も対象に加えた理由は、より実務に役立つ能力を身につけていただくことをねらいとしているからです。また、昨年度も対象としていますが注目が高まっている高等専門学校の取り組みにも期待をしています。

2つ目は、昨年度は分野を絞らなかったのが、今年度はDX(デジタルトランスフォーメーション)を柱としたプログラム構成としていること。デジタル人材が社会に不足していることはもちろんですが、昨年度の実施プログラムの採択分野の中でDXの講座数がもっとも多く、大学側の関心の高さがうかがえたことも大きいです。

3つ目は、リスキリングを見据えたメニューがあること。昨年度は失業者の方に就職してもらうことと、非正規雇用労働者の方に正規雇用に移ってもらうことに重心を置いていたのですが、今年度は就業者の方がスキルアップして社内でのキャリアアップや転職につなげるという視点も取り入れています。

4つ目は、横展開を重視していること。 リカレント教育のプログラムの中でも、特に本事業のように就職・転職につなげるものとなると、教える側が対応できる受講生の数は1講座あたり30人程度です。開発したプログラムをこれだけで終わらせてしまうのはもったいなく、今年度は近隣の大学や専門学校にプログラムのノウハウを提供したり、オンラインで講座を提供したり、企業の研修で使ってもらったりすることを想定しています。将来的に大学が自立自走でリカレント教育に取り組んでいくためにも、プログラムを提供して対価を得られるような横展開の仕組みを作っていただくことが重要と考えています。

DX等成長分野における就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業の概要

分野や目指すキャリア形成に応じて選べるプログラム

編集部 プログラムの開発・実施は、DX分野リテラシープログラム、DX分野等リスキルプログラム、重要分野のリカレントプログラムの3つに分けて行われるとのこと。それぞれの特徴を教えてください。

川島 DX分野リテラシープログラムは、主に失業者・非正規雇用労働者の方を対象にDX分野の基礎的な知識・スキルを育成するものです。大学や専門学校などが労働局・ハローワークと連携して就職・転職支援を行います。

DX分野等リスキルプログラムは、主に就業者の方を対象に、より高度なDX分野の知識・スキルを育成してキャリアアップにつなげるもので、必要に応じてキャリアコンサルタントなどを活用した転職支援も行います。受講者の仕事と学習の両立を考え、講座の内容やレベルなどによって期間を分けるターム式の導入など、柔軟な授業時間の設定も促進しています。

重要分野のリカレントプログラムは、就業者・失業者・非正規雇用労働者の方を対象に、グリーン、医療・介護、地方創生、女性活躍、起業、イノベーション喚起などの分野の知識・スキルを育成するものです。プログラムには基礎的なリテラシーレベルの講座と応用的なリスキルレベルの講座があり、就職・転職支援はリテラシーレベルでは必須、リスキルレベルでは受講者の希望があった場合など必要に応じて行います。

これら、計60程度の拠点数(※)を基本に実施していこうと考えています。

(※)拠点数は変動する可能性あり。5月下旬~6月上旬に参加教育機関の採択決定、7月頃より順次プログラムが実施される予定となっている。

編集部 DX分野については、対象とする受講者や難易度によってプログラムを分けているんですね。

川島 ITSSという、IT人材に対する7段階のスキル体系があるのですが、DX分野リテラシープログラムではITSSレベル1以上相当の内容を求めています。一方、DX分野等リスキルプログラムではITSSレベル2以上相当の内容を想定し、デジタル化が進展する企業で活躍できる人材育成をしてほしいと考えています。例えば、基本的なデジタルスキルや能力、知識の取得はリテラシーレベル、データを用いた市場分析などはリスキルレベルで学ぶというイメージです。

ただし、就業者の方でも基礎的なリテラシーレベルのプログラムを受講することは可能ですし、実際に昨年度はそうしたケースもいくつか見られました。基本的なデジタルの素養を身につけたいと思われている就業者の方は、ぜひDX分野リテラシープログラムを受講してほしいですね。

編集部 受講料が無料のものもあるそうですが、プログラムによって違いはあるのでしょうか。

川島 DX分野リテラシープログラムと重要分野のリカレントプログラムのリテラシーレベルの講座については、厚生労働省の職業訓練受講給付金の対象プログラムとすることを推奨しています。対象プログラムの場合、規定の条件を満たす方は月10万円の生活支援の給付金を受給しながら無料で学ぶことができます。

一方、DX分野等リスキルプログラムは働いている方を対象としているので、適正な価格であれば有料にしてよいことになっています。重要分野のリカレントプログラムのリスキルレベルの講座についても同様です。先ほどお話ししたように、リカレント教育を継続していくためには、大学など教育機関が対価を得ることも重要と考えています。

横展開とオンライン授業の活用で学びの場を広げる

編集部 昨年度の採択実績は22都道府県、40大学、63プログラムとのことですが、全国に広げていくのが目指すところではあるのでしょうか。

川島 全国47都道府県でプログラムを提供できれば理想的ですが、大学が少なかったり、就業者・失業者・非正規雇用労働者の数や、育成したい人材像は地域によっても異なるため、難しいところではあります。とはいえ、昨年度はプログラムが無かった県の教育機関の方から問い合わせも頻繁に受けますし、どの地域においても、学びのニーズはあると思いますので、そういった地域については近隣大学へのプログラム提供などによる横展開で学びを後押しできればと考えています。

例えば、福岡県内の大学が開発したデジタル系のプログラムを大分県や熊本県の大学にオンラインで提供していただいたり、地域の企業の方に受講していただいたりすることで、学びの場を広げていく。文系学部のみの大学ではデジタル分野を教えることは難しいという声もいただきますので、分野の壁を越えた講座の提供も実現したいと考えています。

編集部 コロナ禍の影響で大学などではオンライン授業のための環境整備が進みましたから、それをリカレント教育でも活用できるのは大きいですね。

川島 そうですね。すべてオンラインで実施するもの、座学のみオンラインで実施するものなど、割合はプログラムによって異なりますが、基本的にはどの講座にもオンライン授業は入ってくると思います。

昨年度の実施状況についての大学へのアンケート結果から、どういった環境づくりや配慮に受講生が魅力を感じ、申込倍率に影響したのかを調べたところ、短期集中の開講であることや多くの時間オンライン受講可能であることはプログラムの倍率にも好影響を及ぼしていたと考えています。また、リカレント教育を受けている社会人は志を同じくする仲間とのつながりを求める傾向があり、そのこともリカレント教育を行う大きな意義の一つと考えられるため、チャットルームを設けるなどして受講者同士のつながりの場を提供したところも、同じく倍率に好影響を及ぼしていたという声をいただいております。

横展開はもちろん、社会人が受講しやすい環境を整備して受講生を集めるという視点でも、リカレント教育にはオンライン授業をどんどん活用していただきたいですね。

学びの成果を可視化して情報発信

編集部 昨年度の受講生の年齢層や男女比はどのくらいでしたか?

川島 3月末時点の速報値になりますが、見込み受講者数は推計1,700人以上で、受講生アンケートの回答者(700人程度)は40代を中心に、30代〜50代が全体の7割ほどを占めています。ただ、デジタル系のプログラムには20代の受講生も多く見られました。今回はリスキリングを見据えたメニューがあるので、20代〜30代の比較的若い層がもっと増えるのではないかと考えています。

男女比は女性が6割超となっています。なかでも介護・福祉や女性活躍を銘打っているプログラムは女性の割合がかなり高く、DX系の分野も女性が多く受講していました。

編集部 とはいえ、国がこのような事業をしていることを知らない人も多いと思います。受講生の募集にあたり、広報はどのように行ったのでしょうか。

川島 文部科学省が運営する社会人の学び直しのためのポータルサイト「マナパス」内に設けた特設ページや各大学の公式サイト、労働局・ハローワークなどでの広報が中心です。

各大学においても様々広報活動を行っていただきました。効果的だったものとしては、担当教員のSNSやホームページでの情報発信があります。多くの申込者を集めた大学は先生がこの方法でうまく受講生を集めていたそうです。また、全体の割合としてそれほど高くはないのですが、地方の大学には地元の広報誌などのローカルメディアを活用して受講生を多く集めたところもあります。このほか、女性活躍を銘打ったプログラムの一部はターゲットを主婦の方にしたうえで、在宅の時間帯をねらってプログラムのチラシをポスティングするなどの工夫をしたと聞いています。

これは学校のもつ経験値やノウハウの差が出るところなので、昨年度事業の調査結果をもとに、効果的な広報の方法についての情報も大学などに発信していきたいと考えています。

編集部 プログラムの受講が就職や転職につながったケースはどれくらいありましたか?

川島 受講生に対して行ったアンケートによると、プログラム受講を通じて新規に就業した人や非正規雇用から正規雇用にキャリアアップした人が一定程度いることがうかがえます。就職・就業者数は確定後に文部科学省HPや「マナパス」に順次掲載していく予定です。

編集部 「マナパス」では、そのような情報も発信しているのですね。

川島 特設ページから本事業のプログラム情報を閲覧できるのみならず、各プログラムの受講者数・修了者数、社会人の受講しやすい環境整備、オンライン授業等の導入状況、受講生の募集に効果があった周知・広報の方法、企業等との連携状況、労働局・ハローワークとの連携状況など、いろいろな情報を掲載しています。

また、「マナパス」では本事業に関する情報に加え、5,000を超える(2022年4月時点)社会人向け講座の検索や、学びを通じてキャリアアップ・キャリアチェンジを実現した人の声、社会人の学習と経済的支援をテーマにした特集ページなどを見ることもできます。昨年度は、マイページ機能も公開し、自身の登録内容に基づいて、おすすめの講座情報が提供されたり、自分の学習成果を記録することもできるようになりました。「マナパス」の機能は日々改良を図っていきたいのでぜひご活用ください。

また、経験のない大学や専門学校が、リカレント教育の推進にあたり、労働局や企業との連携に取り組むのは難しいという声もいただいていますので、そういったノウハウについても周知していこうと、各大学の取り組みについても紹介していきます。

編集部 最後に、今後の展望と読者へのメッセージを。

川島 リカレント教育は、開会中の国会の所信表明演説や、教育未来創造会議でも言及されている重要な施策の一つで、社会人一人ひとりがキャリアアップ・キャリアチェンジを実現するための重要な手段であり、究極的には日本の国力を上げるための鍵と考えています。

また、私自身の話になりますが、今まで学んだことなかった分野の資格について勉強したことを通じて、漠然としながらも日々の業務で接する制度や他省庁の取組を理解することが早まったと感じています。

こちらの記事では、大学などで提供されるプログラムについて紹介しましたが、まずはライトな学びから始めてみることも重要なことだと思っています。学び直した分野や、内容によっては、すぐに効果が出ないこともあると思います。ただ、そこで得られた知識や、学習を行ったこと自体が、将来的に何かしらの形で還元されるものと考えています。

今後とも、一人でも多くの社会人の学びを後押しできるよう、リカレント教育の推進に取り組んでいきたいと考えています。本事業や学びに少しでも関心のある方は、まずは「マナパス」をチェックして、ぜひ積極的に受講を考えていただければと思います!

川島志月(かわしま・しづき)

平成30年4月文部科学省入省。

平成30年4月~令和2年3月 高等教育局学生・留学生課。

奨学金制度や高等教育の修学支援制度、留学生施策を中心に法令業務、国会対応等に従事。

令和2年4月~ 現職。

リカレント教育推進施策を中心に、予算業務等に従事。

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