地方での人材不足と人材育成の重要性は深刻で、DXに限らず地域ニーズに合わせた独自のリカレント教育プログラムが全国の大学で開催されるようになりました。そこで今回注目したいのが、北海道国立大学機構が構築する北海道リカレント教育プラットフォームです。
北海道国立大学機構は、2022年4月に小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学が経営統合して誕生しました。そして文科省の令和4年度「地域ニーズに応える産学官連携を通じたリカレント教育プラットフォーム構築支援事業」の採択を受けて、北海道の経済団体や企業、行政や自治体などが多数参加する大掛かりなプラットフォームを構築し、地域課題の解決に向けて全道的に展開しています。
北海道ではどのような課題があり、どのような方法で課題解決に向けて取り組んでいるのか、北海道国立大学機構 副理事 小樽商科大学 副学長 江頭 進 氏に詳しくお話を伺いました。
北海道リカレント教育プラットフォームとは
北海道リカレント教育プラットフォームが担う役割
編集部 北海道リカレント教育プラットフォーム(以下、本プラットフォーム)の創設には、どのような背景があるのでしょうか。
江頭 北海道は面積が非常に大きく、全国の約22%の敷地面積を誇りますが、広大であるが故に人材育成に関する様々な問題を抱えています。北海道は179市町村ありますが、都市部と地方部の教育環境の格差が非常に大きいことが課題になっています。
地方にいると学びたいと思ってもなかなか学ぶ機会が少ないですし、他方でそもそもリカレント教育で大人になっても学ぶという概念自体が定着していないこともあります。
そこで、オンラインのシステムを使って北海道のどの地域でもリカレント教育を学べる制度・仕組みを構築して、都市部・地方間の教育格差を解消し、全道で必要とされるような地域の人材を育成しようというのが本プラットフォームを設立した目的と背景です。
産業界・行政等とのネットワークによるプラットフォーム
編集部 北海道国立大学機構は3大学合同とのことですが、どのように本プラットフォームのプログラムを進めていくのでしょうか?
江頭 本プラットフォームは北海道国立大学機構だけで行うものではありません。地方自治体、経済団体、地元企業、道外企業、金融機関等にご参加いただき、共同して構築しています。
また、コンテンツとして良質なものを作り、知っていただきたいという思いから、報道機関にもご参加いただいており、かなり広域で大きな組織になっているのが本プラットフォームの特徴です。
誰でも学べるオンデマンド講座から体系的な学びを提供
編集部 本プラットフォームでは、どのようなことが学べるのでしょうか。
江頭 北海道国立大学機構の3大学は、これまで北海道のリカレント教育を提供してきた歴史がありますが、今までは各大学の周辺で展開しており全道的な広がりはありませんでした。
また本格的なリカレント教育となると、学びに対する意識が低い地域では普及が難しいという問題もあります。
そこで、まずはどなたでも利用できるような3時間から15時間程度の簡単なオンデマンド型のリカレント教育からスタートし、いつでもどこからでもアクセスできるようにしました。
さらに学びたいとお考えの方のためには対面・オンラインを組み合わせたリカレント教育を既に展開しています。単に学ぶだけでなくそれを自身のキャリアに生かしたい方のための履修証明プログラム(BP)や大学の科目等履修生など、履歴書に記載できる修了証を取得できる仕組みを構築しています。
今後は、より深く学びたい方のために大学に入る前に単位をある程度取得し、最短で大学を卒業できるような単位累積型の学部教育、子供から大人まで学べるユニバーサル・ユニバーシティ構想の仕組みや、大学院教育(MBA)、また現在帯広畜産大学では農業版MBAも構築中であり、体系的に学べるような仕組みを作っています。
2023年度に実施した事業内容
編集部 本プラットフォームではどのようなことを実施されてきたのかをお聞かせください。
江頭 2023年度は、ニーズ調査とプラットフォームへの情報集約を実施しました。
まず、道内企業・金融機関、業界団体や自治体、道民に対して、Webや郵送を使い大規模なリカレント教育に対するニーズ調査を行いました。
地域おこし協力隊などでは以前は単純に定住者を増やしたいという目的がありましたが、実際には地域に移住してくる人材の一時的な就業と、その後の定着のための経済的な自立が大きな問題になっています。
当初の補助金が終了すると、仕事がなく他の場所に移住してしまうというケースがあるため、人が定着しないという問題を解消する必要があります。大規模なニーズ調査の結果、移住者が起業して自立し収益を得て、地方の活性化に繋げてほしいというニーズが増えていることがわかりました。
そこで、地方への移住者にとって必要となるような情報や知識を身につけていただくことを資格として認定することにし、資格取得の企業と共同して地域創生アドバイザー資格を構築しているところです。
これらのニーズ調査に基づいて、必要とされるコンテンツを大学・企業・官公庁等からオンデマンドの動画ファイルとして集め、プラットフォームに集約します。
そして、コンテンツを見て学ぶだけでなく、履修者のデータベースを作り履修履歴などのデータが蓄積されていくような仕組みを作っています。履修後に、例えば企業で働いている人であれば企業側の評価を登録してもらうことが可能ですし、新規で定住者を募集している地域では一定条件の下で個人情報に配慮した形でデータベースの情報を閲覧できるようなことも考えています。
ある程度情報を公開することで、スキルアップしたい・学びたい人や移住・定住を考えている人と地域の需要のマッチングができるような仕組みを構築しています。
できる限りオンラインを活用して自分で好きな時に学べるDX化を進めたシステムを構築し、コンテンツの配信からマッチングまで行うような仕組み作りがプラットフォームの事業内容です。
ニーズ調査の結果
道内企業へのアンケート結果
編集部 リカレント教育に対して、北海道ではどのようなニーズがあるのでしょうか。具体的にお聞かせください。
江頭 北海道は中小零細企業が全国平均よりも多く、9割程度が中小零細企業であることが特徴です。
従業員数が50名以上の比較的大きな企業ではそれなりに人材育成のための研修制度等が整っていますが、従業員数の少ない企業では体系的な研修制度のための予算を確保してリカレント教育をするのが難しいというのがニーズ調査でわかりました。
つまり、リカレント教育を社員に受けさせ人材を育成する仕組みが整っていない企業が多いという課題があります。
他方で、人材力強化が必須であると8割の企業が感じていることも調査で判明し、やはり人材育成に対しての働きかけが必要であると痛感しております。
また道内企業への調査で、一般社員、管理職、経営層・幹部候補の3つの職位に分けて調査を行ったところ、それぞれの職位で必要とされる知識やスキルが異なり、
- 一般社員に必要なスキルとしては、チーム力・主体性・規律性が上位
- 管理職では部署内タスク管理能力、部署内コミュニケーション力、洞察力が上位
- 経営層・幹部候補では、コンプライアンスへの理解も求められるが組織内コミュニケーション力も求められている
以上のような結果となっています。
また、「企業の戦略や課題解決を実現するためにどのような教育プログラムが必要か」という問いに対して、札幌市とその他の市、町や村のようにある程度の人口規模に分けて集計したところ、
- 組織戦略
- 倫理・法律
- 新技術による生産性・顧客価値向上
これら3つは自治体の規模に関わらず必要であるという認識でしたが、特に町村部等の地方では産業別トレンドや最新の地域や企業の課題等の情報が入ってこないので、トレンドや課題に対する教育プログラムが必要であると考える人が多い傾向にありました。
他にも、地方にいくほど、まちづくり・地域づくりに関する教育プログラムが必要であるという認識が多くなる傾向にあり、自分たちの企業の戦略と地域のまちづくりがリンクしていることが課題として出てきます。
地方では企業の数が多くはないため、街の経済に対する企業の影響力が大きくなり、自分たちの地域がどうなるかということが自分たちが働く企業の将来と直結しているという意識があるので、企業の戦略や課題を考える際にまちづくりや地域づくりも欠かせないと考える人が多いようです。
業界団体へのアンケート結果
江頭 一般企業の他にも経済連合会や商工会などの業界団体へもアンケート調査を行いました。アンケート結果は一般企業と大きな違いはなく、大きな経済組織と中小規模の経済組織に分けて集計しました。
一般社員・管理職・経営層・中途採用の職位ごとに必要なスキルや知識についてアンケートを行ったところ、
- 規模が小さい団体では一般社員の必要な知識として早いうちから独立できるような主体性、課題発見力等の他に、学び続ける力やタイムマネジメント力等が求められている
- 規模が小さい団体では、管理職になるとチーム内ストレスコントロールが重視される
- 規模が大きい団体では、職位が上がると求められる能力が増える
- 規模が大きい団体の方が中途採用に求める能力が多い
以上のようなことがわかりました。
自治体へのアンケート結果
江頭 本プラットフォームは企業の他に自治体もターゲットとしていますが、企業と自治体では求められるニーズが異なります。自治体では、計画推進や課題解決を実現するために必要と考える教育プログラムとして、応用・調整・実践力や新事業の創造性、プロジェクトマネジメント、DX関連など様々なニーズがあることがわかりました。
ただ、自治体においても人員に余裕がないため、特に職員が100人未満の自治体において支援制度が整っておらず、地方の小さな自治体では状況はより深刻になっています。
また、求められる人材として自治体職員が100人以上いる都市部では、地元産業活性化やリーダーシップ、DXに関する人材が必要とされていることがわかりましたが、職員が100人未満の地方では地元の経済が人口構造に直結しており、地域生活支援や事業再生に関する人材が必要と答える人が多い結果となりました。
このように都市部と地方ではリカレント教育に対して求めているものが違うので、ニーズに合わせてカスタマイズした形で提供する必要があると考えています。
受講しやすいプログラムの提供方法としても、自治体では就業時間内にリカレント教育を受ける余裕がないという意識が強く、隙間時間に学習できるオンデマンド受講のニーズが高いことも特徴の1つと言えます。
これまで開催してきた教育プログラム
編集部 本プラットフォームでは、これまでどのようなプログラムを展開されてこられたのでしょうか?
江頭 これまで様々なプログラムを展開してきました。
例を挙げると、本学(小樽商科大学)はビジネス系のリカレント教育に以前から注力しており、起業したい方や起業して間もない方向けにニセコ町でニセコビジネススクール(主催:ニセコ町商工会)を毎年開講しています。受講料は無料で主にニセコに移住して来られた方に多くご参加いただいており、非常に好評でニセコ町長からも高い評価をいただいています。
他にも本学が上川町でゲームで楽しく学ぶ経営学を2023年に初めて開催しました。これは、戦略MGマネジメントゲームとして、ビジネス系のシミュレーションを体験出来るように開発したものです。上川町の地域おこし協力隊の方々や町の職員の方、事業を営んでいる方等に参加していただき、帳簿をつけたり利益計算したり、実践的なビジネスの中で必要とされることをゲームとして楽しみながら学んでいく講座です。こちらも受講料無料で、非常にご好評をいただいきました。
また、先ほど触れた子供から大人まで学べるユニバーサル・ユニバーシティ構想を北海道国立大学機構が展開しておりまして、これは全道に10カ所サテライト教室を作って対面型のリカレント教育を行う計画になっています。
その一環として、音更町の廃校になった小学校を町が産学融合拠点として活用し、画期的な試みを行っている昭和商学校Paletteに、2022年にサテライト教室を設置し、本学が主催して産学官ビジネスセミナーin音更町を2024年3月に開催しました。
北海道国立大学機構の3大学合同では、2023年6月〜7月に中小・小規模企業者を対象としたSDGs実践セミナーを小樽商科大学 札幌サテライト他とzoomで開催しました。北海道は中小企業が多いためそこにターゲットを絞ってリカレント教育を行うのはとても効果的であると言えます。
SDGsの目指すところは理解していても、自分の企業では何が出来るのかわからないことは多く、どうすれば北海道内の小さな企業でもSDGsを達成できるかという内容です。こちらも受講料は無料で、50名の定員がほぼ満席となりました。
また北海道は日本の食料、食品生産の中心地ではありますが、かつて食品の安全に関する事故が何度か起こったことがございます。そこで2023年10月からHACCP・食品安全管理プログラムを帯広畜産大学が中心となり、北見工業大学と小樽商科大学が協力しながら本プログラムを対面講座だけでなく、オンライン配信を組み合わせて全5回で開催しました。
その他、北見工業大学が中心となり各大学がサポートして2023年11月に地域型DX活用ビジネスの構想と社会実装のための基礎講座【事例編】をオンラインで開催しました。地方のDX化は急務と言われていますが、なぜDX化を進めなければならないのか、どのような効果があるのかなど地域におけるDXに対する意味を理解するための基礎講座です。
これらは、先ほどの本プラットフォームの事業の概念図の中で言うと対面とオンラインを組み合わせたリカレント教育です。
他に履修証明プログラムである病院経営アドミニストレーター育成プログラムや、ネクストリーダーの経営学 介護ビジネスの革新的戦略も開催しております。
オンデマンド教材としては、以下のような形で進めています。
教育格差を解消し北海道全体の人材教育を
より魅力ある教育コンテンツの作成を
編集部 北海道リカレント教育プラットフォームの今後の展望をお聞かせください。
江頭 基本的な方針としましては、北海道独自のニーズに合ったリカレント教育プラットフォームの拡張を継続的に行っていく方針です。
協力企業(道内メディア)の支援を得て、オンデマンドの配信コンテンツの拡充や質的向上を行っていきます。受講しやすい仕組みを作って普及活動をしていく中で、教育を定着させるにはコンテンツの魅力が鍵になります。
「面白くなかった」「有益ではなかった」では教育の意味がないので、ユーザーからの声をフィードバックできる仕組みを作り、フィードバックを生かしてコンテンツや仕組み自体を評価し、適宜改善していくのが来年度までの短期的な目標です。
プラットフォームを自走化
編集部 長期的な目標や方針も伺えますでしょうか。
江頭 中長期的(2030年ごろまで)にはコンテンツを増やして、本プラットフォームの自走化を考えています。現時点では文科省からの補助金もあり数年間コンテンツを無料で公開できますが、プラットフォームの維持やコンテンツの充実のためにもある程度有料化し、コンテンツを提供していただいた方々に金銭的なフィードバックができるようにしていく方針です。
これは、コンテンツの作成には費用がかかることも利用の1つではありますが、目標としてリカレント教育を受けた方や経験のある方が、実際に得た知識やスキル、経験を使って自分でコンテンツを作成し、プラットフォームに登録して提供できるような仕組みを作りたいと考えています。
オンラインを利用したシステムを構築していく中で、大学や企業、自治体は多くのコンテンツを改善しながらより良いものを提供していく予定ですが、それにより学んだ方々も自分達の自由な発想でコンテンツを提供することで互いに教育コンテンツを提供し合い、学んでいく仕組みを作ることが最終的な1つの大きな目標です。
このコンテンツ提供のインセンティブとして、プラットフォーム内で収入を得られるような仕組みを構築できたらと思っております。
北海道は、地方にいくほど学びに対する意識が低い傾向にあり、地方の教育格差や教育環境の悪化に繋がっています。「人に教えることが自分にとって最大の学びである」とよく言われますが、自ら教育コンテンツを作成してプラットフォームに登録できるような仕組みにまで発展すると、北海道でのリカレント教育に対する意識はかなり醸成されるのではと考えております。
北海道全体の人材育成を担う組織の立ち上げ
江頭 もう1つの中長期的な目標として、先ほどもお話ししましたが北海道ユニバーサルユニバーシティコンソーシアムを立ち上げる準備をしております。
これは、北海道国立大学機構の3大学だけでなく、北海道大学や他の国公立大学、私立大学、自治体、企業、官公庁等から多くの参加者を募り、初等中等教育から高齢者教育まで、学校教育・学校外教育を発展させて北海道全体の人材育成を担うような組織を目指しています。
本プラットフォームが北海道教育におけるモデルケースとなり、これに対して提言できるような組織として本コンソーシアムを立ち上げるということも1つの目標となっています。
自身の学び直しが人生における新たなチャンスに
編集部 では最後に、これから学び直し、スキルアップや転職などを考えている読者の方にメッセージをいただけますでしょうか。
江頭 「学び直し」は、人生において様々な転換点をもたらすものだと考えております。
学び直しの目的はスキルアップ、キャリアアップして収入が増えるといったことだけが目的ではありません。新しい知識やスキルを習得することで今まで住んだことのない新しい地域で働くことが可能になり、人生における新しいチャンスを見出すことができます。
北海道の特徴として、自分自身の学び直しが実際に北海道の抱える社会課題の解決につながることがあります。社会貢献につながるようなプラットフォームを提供したいと考えておりますので、学び直しや仕事探し、転職を考える際には、新天地として北海道の様々な街への移住・定住等もお考えいただければと思っております。
江頭 進(えがしら すすむ)
平成 3. 3 滋賀大学経済学部卒業
同 5. 3 京都大学大学院経済学研究科修士課程修了
同 8. 3 同 博士後期課程修了
同 8. 3 博士(経済学)(京都大学)
平成 8. 4 日本学術振興会特別研究員PD
同 9. 4 小樽商科大学商学部助教授
同 19. 4 同 准教授
同 19.10 同 教授
同 22. 4 同 経済学科長
(平成22年4月~平成23年3月)
同 24. 4 同 学長特別補佐
(平成24年4月~平成28年3月)
同 28. 4 国立大学法人小樽商科大学理事、小樽商科大学副学長、
大学院商学研究科長、附属図書館長、
グローカル戦略推進センター研究支援部門長
(平成28年4月~令和4年3月)
令和 4. 4 小樽商科大学商学部教授
国立大学法人北海道国立大学機構副理事、
小樽商科大学副学長、大学院商学研究科長、附属図書館長
(令和4年4月~令和6年3月)
現 職 小樽商科大学商学部教授
国立大学法人北海道国立大学機構副理事、
小樽商科大学副学長、大学院商学研究科長、附属図書館長
専門分野 経済学史