「リスキリング」をご存知ですか?
リスキリングとは簡潔にいうと「職業能力の再開発・再教育」のことです。大きく変化し続ける現代社会の中で働き続けるためには必須なものとして、リスキリングは世界各地で行われています。
この記事では、リスキリングの概要、事例や課題を紹介します。
リスキリングとは
「今後発生してくる仕事」「今できる人がいない仕事」ためのスキルを習得
リスキリングは近年登場した新しい言葉で、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で求められるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させる」ことです(「リスキリングする組織—デジタル社会を生き抜く企業と個人をつくる」2021年3月・リクルートワークス研究所より)。
リスキリングが日本で大きくとりあげられたのは、2019年3月に公表された「IT人材需給に関する調査」が最初です。「今後発生してくる仕事」や「今できる人がいない仕事」をするために必要なスキルの習得することがリスキリングの目的とされています。
積極的にリスキリングに取り組む企業がある一方で、その認知度には差が大きいようです。2021年9月に行われた調査では約7割の企業がリスキリングに取り組んだことがある、またはこれから開始する予定だと答えた一方で、同時期に発表された他の調査では転職希望者の7割超がリスキリングを「知らない」と回答しました。
リスキリングが登場する前から、さまざまな研修やトレーニングが行われてきました。リスキリングが今までの研修やトレーニングと最も大きく異なる点が、DX(デジタルトランスフォーメーション)による環境の変化です。
DXがリスキリングを迫る
DXは、ICTをただ活用するだけのことではありません。DXとは、デジタルテクノロジーを駆使して、働き方だけではなく、経営・事業など企業活動全般や私たちのふだんの生活を変革することです。
現在は、DXによる第4次産業革命が始まっているといわれています。18世紀後半にイギリスで始まった産業革命の後にも、第二次、第三次と産業革命が起こりました。第二次産業革命は19世紀後半の重工業の機械化や電力・石油へのエネルギー利用の移行、重化学工業の大量生産、第3次産業革命は20世紀半ばから後半にいたるコンピューターやインターネットなどの技術革新を指します。
第4次産業革命であるDXは、現代社会にどのような変化を与えているでしょうか。
DXの例・その1「農業」
スキルが属人化しやすい農作業にも、DXによる効率化、システム化が進んでいます。農薬散布では、ドローンや画像認識のAIを活用して、虫が食べたところだけへの散布が行われています。その結果、農薬散布量を減らすことで経費を抑え、低農薬で生産されたことを訴求して高価格での販売が実現できます。また、水田の水管理システムやロボットトラクターをスマホで操作したり、新規就農者にベテラン農家の技術と知識をICTを活用して伝えたりなど、農業にもDXは大きく影響しています。
このような、ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業をスマート農業と呼びます。農林水産省もスマート農業の普及に取り組んでいます。
DXの例・その2「教育」
教育業界でDXによる影響を最も大きく受けているのは、オンライン講座でしょう。オンライン配信での講座開催に加えて、集客、生徒である顧客のからの予約、受講料の決済、復習用の動画教材の販売、予定変更や特別割引の連絡など、講座開催に関する業務全てがデジタルで完結できるようになりました。
公教育で対面教育が原則の公立小学校でも、デジタル教科書・電子黒板が活用され、欠席や行事への参加同意の連絡にアプリが使われるなど、授業や教務がDXによって変化しています。
DXによって消える職業と今後発生してくる仕事
2013年に発表されたイギリス・オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授による論文「雇用の未来–コンピューター化によって仕事は失われるのか」では、702の職種についてコンピューターに取って代わられる確率を試算し、労働人口の47%が機械に置き換えられると予測して話題を集めました。日本でもこのまま何も対応しないでいると、人工知能(AI)やロボットなどの技術革新によって2030年度には国内雇用が労働力人口の1割強にあたる735万人減るとの試算を2016年に経済産業省が発表しました。DXによって、現在の職業・仕事の中から近い将来に消える・なくなるものが出てくることは間違いないでしょう。
金融、運輸、建設、医療、行政などあらゆる業界でDXは大きな変革をもたらしています。この変革に対応するためには、ICT担当者だけでなく、仕事をおこなう全ての人がDXによりもたらされる変化に対応できるスキルを身につける必要があります。
DXは新たに登場する職業だけでなく、現在ある職業や今までの働き方にも大きく影響しています。リスキリングは、DXによる変化に対応して働き続けるために必要なスキルを身につけることでもあるのです。
アップスキリング、アウトスキリング
リスキリングに似た言葉に、アップスキリングとアウトスキリングがあります。
アップスキリング、アウトスキリングどちらも、リスキリングの一種です。リスキリングが仕事の内容が根本的に変わるのに対して、アップスキリングは仕事の基本的な内容や職種は同じままでおこなうトレーニングを指します。アウトスキリングは、解雇や人員整理の対象者、またはその可能性がある従業員に対して、新しいキャリアを後押しするようなスキルを提供することです。
今までの研修やトレーニングとの違い
企業の教育・研修制度には、OJT(On-the-Job Training)やリカレントがあります。これらとリスキリングは何が違うのか、DX以外の点を比較してみましょう。
OJT(On the Job Training)
OJTは、職場で実際に仕事をおこないながら、先輩・上司が後輩・部下を指導して、仕事のやり方や流れを教えてスキルを習得させるものです。OJTは現行の事業、業務、職務を学ぶもので、連続系の能力開発ということができます。
リスキリングは、現行、今あるものではなく、今後発生してくる仕事や今できる人がいない仕事をおこなうためのスキルを習得させるもので、OJTとはちがって非連続系の能力開発になります。
リカレント教育
リカレント教育とは、学校教育を終えて働く社会人が仕事をするうえで求められる能力を習得・更新するために学び直すことをいいます。
働きながら学ぶこともありますが、リカレント教育は大学などの教育機関で学ぶために職を離れることが一般的です。リカレント・recurrentとは「循環する」「繰り返す」意味であり、リカレント教育は就労と教育のサイクルを繰り返すイメージです。厚生労働省、経済産業省、文部科学省などが連携するなど国もリカレント教育を後押ししています。リカレント教育を企業も支援することもありますが、個人が主体となって行われています。
一方、リスキリングは基本的に企業が従業員に対して実施します。リスキリングのために就業時間をつかうことも多いです。また、非連続系の能力開発であるリスキリングに対して、リカレント教育は一般的にはスキルアップをして現在の業務に生かすために行います(転職のためにリカレント教育を行うこともあります)。
リスキリングの事例
リスキリングの先駆者ともいわれるのが、アメリカのAT&Tです。2008年の時点で、AT&Tは遠い未来だけでなく、10年後に役立つスキルのある人材について危機感を持っていました。AT&Tは2013年からリスキリングのプログラムを始めて、現在まで引き続き実施されています。リスキリングに参加した従業員は、人事評価、昇進、離職率、社員満足度において高い成果を出しています。
2020年1月の世界経済フォーラム(WEF、通称:ダボス会議)では、「リスキリング革命」が発表されました。これは、第4次産業革命に対応できるように2030年までに10億人にリスキリングによるスキルの習得と教育を提供するというイニシアチブです。
国内企業のリスキリングへの取り組み
キヤノンは従業員へクラウドや人工知能(AI)の研修を実施して、成長分野である医療機器部門への配置転換を積極的に進めています。クラウド技術や、電子カルテ、遠隔診察(オンライン診察)、デジタル化された検査機器の利用などを取り入れた「スマート医療」に関連した事業へ対応する人材の育成も進めています。
金融・銀行業界では店舗対応からオンラインで完結できるようにサービスの見直しが急速に迫られています。三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)では、グループ従業員5万人にデジタル教育プログラムである「デジタル変革プログラム」を始めています。主な内容は、デジタルツールの活用スキルや、取引先がDX推進を行う際のサポート方法の習得です。
日立制作所がDXの基礎教育を国内グループ企業の全社員約16万人を対象に実施していることが、2020年9月に報じられました。
富士通は2020年度経営方針説明の資料に、自らの変革のための投資への内部強化として、リスキリングを社内システムと併記しています。自らの変革と価値創造のために必要な投資を、5年間で5,000~6,000億円規模で積極的に行います。また、DXに貢献する人材を育成するために、2020年4月からプログラミング言語研修など約9000種類の教育コンテンツをオンラインで無料利用できるようにしたと報じられています。
リスキリングの課題
問題意識の共有
リスキリングは、企業が第4次革命の中で生き残るために必須といえます。新しいこと、未知なることを始める時には企業・組織も個人も抵抗を感じることは少なくありません。問題意識を共有して、リスキリングをスムーズにおこなうことが大切です。
効果の高いリスキリングを行うには、実施する企業・経営陣と、受け手である従業員の双方がリスキリングの必要性と目指すゴールを正しく理解し、協力体制を構築することが大切です。リスキリングを提供する企業は、現状の分析を行い、新しい仕事・事業に必要なスキルを身につけるために必要なプログラムを用意し、学習しやすい環境を整える必要があります。
受け手である従業員は受け身の姿勢になりすぎないように注意して、主体的に取り組みましょう。
リスキリングを受けられないことによる格差の拡大
リスキリングは企業主体で行われることが多く、勤務先で研修を利用できない・準備されていないとリスキリングを受けることができません。本人に強い意欲があっても、残業が多いなど時間の確保が難しかったり、収入が少なく生活が苦しかったりすると、リスキリングを行うことは難しくなります。
リスキリングできないことで、企業・個人ともに格差が広がるのではとの懸念があります。また、世界各地でリスキリングが進んでおり、日本でリスキリングが広がらないと国際競争力が落ちる恐れがあります。国がリスキリングに着目してからまだ日が浅く、希望する全員が受けられる公的支援の普及が待たれます。
マイクロソフトはデジタルスキル習得支援であるGlobal Skills Initiativeを全世界的な取り組みとして行っています。日本でも2020年12月から、マイクロソフト株式会社が「グローバル スキル イニシアチブ ジャパン」(Global Skills Initiative-Japan、GSI-J)」を開始しました。GSI-Jは、新型コロナウィルス感染症の影響で職を失った方、新たにデジタルスキル取得を目指す方、新卒学生などを対象に、ITスキルに加えて、関連するコミュニケーションスキルなどの習得を支援するものです。
まとめ
DXによる影響はIT業界にとどまらず、あらゆる業界に及び、私たちの働き方や生活も大きく変化しています。第4次産業革命ともいわれる現代社会では、変化に対応できるスキル習を獲得するリスキリングが必要です。
リスキリングは今までの研修やトレーニングとは異なり、今後発生してくる仕事、今できる人がいない仕事のためのものです。世界各地でリスキリングが進められています。自分らしく働き、生活するために、あなたもリスキリングに挑戦しませんか。