快適な暮らしと産業の発展を担う建設業の人材育成|新潟大学 インフラ整備のためのリスキルプログラム

スイスに拠点のある国際経営開発研究所(IMD)が毎年作成している世界競争力年鑑(経済状況・ビジネス効率・政府効率性・インフラの4分類個別順位とと競争力総合順位を表したもの)で、2023年に日本は過去最低の64カ国中35位だったというニュースをご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この中で、道路や新幹線などの移動手段から公共設備、水道など生活に必要なインフラに関しては20年ほど前の順位は一桁半ばだったのが、徐々に順位を下げ2023年は23位に低迷しています。

例えば道路整備に関しては、ミッシングリンク(繋がっていない環状道路)等の問題もあり、移動速度の指標を欧米諸国と比較すると日本は移動に時間を要します。このように私たちの快適な生活を支えるインフラの整備や老朽化による補修が立ち遅れていることが日本の社会的な問題となり、日本の国際競争力低迷の要因の1つになっているそうです。

建設は、どの時代も社会基盤を支える重要な仕事です。こうした産業や社会の基盤となるインフラの更新に着目し、新潟大学では2023年度に文部科学省「令和4年度 成⾧分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業」の採択を受けて「地域社会インフラ整備の担い手育成リスキルプログラム」を開催します。

今回は、新潟大学副学長 自然科学系(工学部)教授の阿部 和久 氏と新潟大学 社会連携推進機構 特任教授の須藤 達美 氏に詳しいお話をお伺いしました。

建設投資の減少による業界の縮小とインフラ整備需要の増大という相反する課題

コエテコカレッジ編集部(以下、編集部) まずは、地域社会のインフラ整備に関するリカレント教育課程が創設された背景をお聞かせください。

須藤 達美氏(以下、須藤<敬称略>) 建設業界は概ね1990年代後半から建設投資の20年以上にわたる減少等により、新規の入職者が減少したため業界のシュリンク(市場の縮小)と技術者の高齢化が大きな課題となっています。加えて首都圏と都市の格差も拡大しており、地域の建設業界は極めて厳しい状況にあります。

建設業界が縮小しているにも関わらず、一方では高度経済成長期に建設したインフラの老朽化による保守や維持管理のニーズは増大しているのです。

また、地球温暖化による水害等の災害の激甚化や、東日本大震災のような大規模災害が発生すると、もともと人口減少と高齢化が進む地方では地域の建設業の衰退から復旧・復興が遅れ、経済の維持も難しい状況となってしまうため、建設業の人材確保が大きな課題です。

ただ、どの業界も若年層の減少により新卒採用には苦労しています。そこで人材の確保のために既に社会人として活躍している人材の高度化に取り組むことを一つの方法として考えてみたのです。

地方の中小企業では、大学の専門課程卒の人材の採用が難しく、高卒・専門学校卒やコロナ禍の影響もあり他分野の大卒の中途採用等も多いため、土木工学の基礎を学んでおらず、OJT(On the Job Training :上司や先輩が実務を通して指導しスキルや知識を身につけさせる教育法)で業務を覚えているのが実態です。そしてそのOJTも、人手不足から十分に指導の時間が取れない状況にあります。

人材教育をサポートして県内の建設業の維持・拡大を目指していくということがこのリカレント教育課程創設の背景にあります。

阿部 和久 氏(以下、阿部<敬称略>) 建設は、一般的に建築と土木の分野に分かれ、建築は建物をつくる分野で、道路や橋、公園などそれ以外の身の回りにあるインフラに関する部分は全て土木の分野になります。

地域の建設業界では、工事案件の発注に関して現在は発注があっても受注ができないというジレンマがあります。それは、受注側の企業が仕事を受けようにも、技術者が不足していて受注できない状況に起因しています。

私たちとしては、地域の社会インフラをしっかり整備していくために、それを担える技術者、つまり高度な技術を身につけて現場で全体の責任を持って担当する、監理者のスキルを持った方を育てて増やしていくことを目指しています。

プログラム実施状況 現場見学

建築・土木に魅力を感じて自らスキルアップする人を育成するプログラム

「地域社会インフラ整備の担い手育成リスキルプログラム」の目指すところ

編集部 今回採択された「地域社会インフラ整備の担い手育成リスキルプログラム」(以下、プログラム)の具体的な目的をお聞かせください。

須藤 大学の専門課程を卒業していない社会人技術者のスキルアップが主な目的です。具体的には大学でも教えている基礎科目・基礎技術の習得に加え、先端技術やDX等の知見も得て現在の高度なニーズに対応できるよう人材育成していきたいと考えております。

また、現在の学生は首都圏や大企業に就職する傾向が強いので、地域を支える建設業の重要性を理解していただき、地元定着あるいはUターンに繋げていきたいと考えています。

阿部 建築・土木に関する専門的な知識を学ばずに建設業に就職する方はいますが、就業しながら実地でその知識を身に着けさせることは困難です。個人の技術や知識の向上がなければ、やりがいや賃金の向上なども見込めず、人材の流失にもつながります。

しかし、今回のプログラムのような専門知識を学べる仕組みがあれば自ら学び、職場での個人の地位も向上し、企業にも新たなビジネスのチャンスが生まれます。さらには将来的に大学の単位取得につながるような可能性も見えてくる…このプログラムには、若い世代が自ら研鑽し、将来の自分のキャリアを描けるような職場を地域で提供できるという意義もあります。

また全国的にも大学で土木を教える学科が増えていませんので、毎年卒業する土木に関する知識を学んだ技術者の数が、必要とされる技術者の数に追いついていません。

新卒人材の不足を補うためにも、他分野から就業した方や既存の就業者がスキルアップすることが、インフラの問題解決の糸口になると考えています。

県内建設業の目指すべき姿

例えば、大学の専門課程で学んだ方や現場監督(管理責任者等)の方々は、建設工事全体を見渡すコンダクターのような役割を担います。全体の工事の動きを見渡しながら進めていき、しっかりと予定通りのものを作っていけるようにしたり、問題が起こった場合に即座に方針を変更したりできるスキルを持った方々です。

このように、大学の専門課程での学びに準ずるようなスキルや知識のある人材を育成していきたいという目的で、リスキルプログラムを展開しています。

新しい技術を学びたい方には広く門戸を開放

編集部 社会人向けの講座とのことですが、具体的にどのような方々が受講されることを想定されていますか?

須藤 他分野からの中途採用の方もいらっしゃいますので、年齢制限は設けておりません。ベテラン技術者は長い経験の中で既に技術を習得していると推測されますので、対象者は大学専門課程卒以外の入社5年目くらいの方を想定していて、高卒以上の学力を前提としています。

具体的には、新潟県内の建設や建設関連業界の社員や土木系の部署に配属されている自治体職員、または現在土木分野に携わっている経験の浅い社会人の方々が対象です。

ただ、新しい技術を学びたいという方には広く門戸を開放したいと考えていますので、学びたい方にはどなたでもぜひご参加いただけたらと思っております。

阿部 難易度としては、大学の専門課程で学ぶような基礎知識もありますが、大学や専門学校で学んでいない社会人の方でもしっかりと習得していただけるよう、大学の授業をこのリスキルプログラム用に難しい部分のハードルを下げ一部アレンジして提供します。

地域社会インフラ整備の担い手育成リスキルプログラムの概要

プログラムで学べる内容

編集部 では、プログラムでどのようなことが学べるのか具体的に教えてください。

須藤 このプログラムでは、以下のようなことを学んでいただけます。

先程お話した通り、既に建設業に就いている社会人の方が対象となっていますので、対面の実習もありますがオンラインで学ぶことも可能な内容となっております。

「建設基礎技術講座」は、大学での専門課程の科目の中で教えている基礎的な部分で、オンデマンドで好きな時間に動画学習できます。この科目がベースとなるので必修になります。

さらに社会人向けとして、技術者としての基礎や現場での応用技術を学ぶ「技術者基礎・応用技術」や、コンクリートの劣化問題等インフラのメンテナンスや建設DX等を学ぶ「メンテナンス・先端技術」が科目として選択で受講可能です。

建設DXとは、例えば具体的には施工時の工程の自動化や図面の作成・設計の3D化、ドローンを使った撮影・測量等が挙げられます。まだまだ多くの事例が挙げられますが、最新のIT技術やセンサー技術を活用した建設の生産性向上・省力化を図るのが建設DXという分野です。

「メンテナンス・先端技術」の科目では、豪雪地帯・新潟ならではの大雪対策・雪氷学の基礎も学べます。

技術者基礎・応用技術に関してはオンライン講座をリアルタイムで開催します。必修科目に加えて選択科目をご受講いただき、一定の出席率で評価しますが、希望があれば全ての科目を受講することもできます。

また、建設においては建設技術者と呼ばれる現場監督に相当する技術を持った方を育成することが目的の1つではありますが、現場で実際に重機を操縦したり測量したり調査したりする方々がいて成り立つ産業です。そういった方々向けの講座として自然災害復旧調査技術やドローン実習などが学べる「災害対応」科目も開催しており、この分野も今後拡充させていきたいと考えております。

普遍的な基礎を学び、応用できる人材の育成を

阿部 このプログラムで学ぶ必修科目の建設基礎技術講座の根本は、150年ほど前から変わらない普遍的な部分です。こうした原理原則を学んでおかないと、そこから先何か解決すべき課題がある時に応用ができません。

例えば何か課題が見つかった時に、今まで学んできた基礎知識を理論的に理解しておけば、それをどうアレンジすれば解決につながるかを考えられるようになります。ところが、「これはこういうもの」として覚えてしまうと、別の事象が起こった時に対処できなくなります。

明日にでもすぐに使える最新の知識だけを学ぼうとすると、そういう知識は時代が変わるとすぐに廃れて使えなくなってしまうことが多いため、基礎から学んでいただく必要があると考えています。私どもが育てたい技術者というのは、こうした基礎を学んでご自身で応用できる力を身につけられる人材です。

2022年度に今回のリスキルプログラムの前段階として同様のプログラムを実施した際は、建設基礎技術に関してもオンライン講座をリアルタイム受講の形式にしていましたが、やはり社会人の方々が仕事をしながら学ぶとなると時間的制約が難しいこともあります。

そこで2023年度は必修科目に関しては何度でも繰り返し動画受講できるようオンデマンド受講形式にして、生活の中で学びやすいよう隙間時間があれば学べるような仕組みにしました。オンデマンド受講ですが、簡単なテストを実施しますのでそれをパスしながら進めていただくような仕組みになっています。

必修科目に加えて選択科目のうち最低1つを選んで履修していただくのがこのプログラムの終了要件となります。プログラムを修了すると、修了証が発行されます。

プログラムの募集期間、費用等の概要

須藤 プログラム募集期間は2023年度は10月16日(月)より開始しておりまして、既に実施を開始している講座もございます。実施時期は、2023年10月16日〜2024年2月29日までの予定です。

費用は以下の通りです。

  • フル参加:10万円
  • 単発で講座参加も可能:各講座で2,000円〜20,000円

詳細は以下をご確認ください。

https://www.reskill.ircp.niigata-u.ac.jp

育成した人材が監理技術者等として活躍する未来へ

編集部 育成した人材がどのように活躍されることを想定されていますか?

須藤 地域企業で働く方々の中からスキルアップや知識習得したい方に受講していただき、人材の高度化を目指しています。

修了証取得後は、自社で監理技術者等としてご活躍されることを期待しております。

阿部 2023年度はまだ履修証明プログラムにはなっておりませんが、できるだけ早い段階で、可能なら2024年度から履修証明プログラム化したいと考えております。

土木系の業界は、資格をとることが必須の業界です。例えば監理技術者は要件を満たす資格がないと就けません。企業としては、そのレベルの技術者がいないと案件の受注ができないのです。

大学としては、リスキルプログラムを通してそういったレベルの技術者を育てていくことが使命ですし、企業にとっても大きなメリットになると思います。

プログラムで学んだ方がスキルアップしていけるような環境を整備

編集部 このプログラムの今後の展望をお聞かせください。

須藤 昨年度から経産省の補助事業に採択され試行してきた経緯があり、今後は恒久的なカリキュラムとして定着させたいと考えています。2023年度は本プログラムの初年度ですので、得られた課題を次年度にフィードバックし、安定的に受講者が確保でき修了者が地域に貢献できるようより良いプログラムにしていきたいと思います。

また、他業界からの転職のニーズにも応えられるようにしていきたいと考えております。

阿部 今回のリスキルプログラムは、高度な人材育成の入口として、大学の学部で学ぶレベルの前段階のような位置付けで、監理技術者になりうる知識を身につけるためのプログラムです。

プログラムで学ぶ方が増えていき、さらに学んだ方々が上の段階を目指してスキルアップを図りたいとお考えでしたら、大学院もございますし社会人が学びやすい仕組みもあります。

こうしたリスキルプログラムをきっかけとして、最終的には学位を取得したいというニーズにも応えられるよう、本学では多様な背景を持つ方々への学びの場を提供できるような環境が整いつつあります。

今後も18歳人口だけでなく、幅広い年齢層の方々に学びの場を提供できるよう仕組み化していきたいと考えております。

未来に必要な産業として魅力を感じながら学ぶ機会にチャレンジしてほしい

編集部 これから学び直したい、スキルアップを図りたいと考えている読者の方々にメッセージをお願いします。

須藤 日本では建設投資が減少した期間があまりにも長く、他の先進国と比べて空港や港湾、道路整備が立ち遅れており、世界的な競争力が低下しているため、高度成長期に建設された社会インフラの更新が経済的な発展に寄与するものと考えています。

数十年経つと世の中のニーズも変わりますし人の住み方も変わるので、それにキャッチアップしていく必要があります。

そういう意味では建設は古い産業ではなく、未来に必要な産業であることを多くの方に知っていただきたいと思っております。建設業は女性の参画が少ない業界でしたが、最近では建設系のコンサルタント会社では入社の4割程度が女性であったり、働き方改革により職場環境が改善され、建設系企業で働く女性も増えておりますので、監督業務等女性の活躍する分野もございます。

本学としては教育機会の提供を今後も努力してまいりますので、是非多くの方に建設の魅力と重要性を認識していただきたいと思います。

阿部 社会人の方がご自身だけで新たにこうした知識やスキルを学ぶというのは、かなりハードルが高いと思います。

自分だけでスキルや知識の習得を全て行わないといけないような環境では、なかなかこうした分野を学ぶ勇気が出てこないかもしれません。ただ新潟においては本学がこうした学びの場を提供しておりますので、ぜひご活用いただき安心して建設分野の技術者として活躍していただきたいと思っております。

また、建設・土木系の分野は、他分野に比べて世の中の変革をいち早く取り込みやすい分野です。国や自治体を通した受発注(公共工事)がほとんどの産業ですので、例えば公共工事の受注の際に若手や女性を起用することが要件になっていて、評価されるという仕組みがあります。

働く環境・ワークライフバランスが発注の際の評価案件として出てきますので、受注側の企業様の意識が高まります。国や自治体を通した受発注のない分野の産業では、こうした動きがなかなか進まないのではないでしょうか。

実際に現場に出ると、10年前に比べて働く環境の変化の大きさを実感しますし、IT化についてもかなりの割合でオートメーション化されており、一般的な建設・土木のイメージからかなり進んでいると思います。

他分野・他産業からも、建設・土木に魅力を感じてご興味のある方がいらっしゃれば、学ぶ場もありますのでぜひチャレンジしていただきたいと考えております。

阿部 和久(あべ かずひさ)

新潟大学自然科学系(工学部)教授
新潟大学副学長(社会連携担当)
1983年3月  新潟大学工学部土木工学科卒業
2008年11月~ 新潟大学自然科学系(工学部)教授
2014年4月~2017年3月 新潟大学工学部附属 工学力教育センター長
2017年1月~ 新潟大学副学長(社会連携担当)
専門 土木工学(応用力学)

須藤 達美(すとう たつみ)

1989年3月 新潟大学 工学部 土木工学科卒
2000年3月 鳥取大学大学院 工学研究科 博士後期課程修了
1989年4月 株式会社フジタ 入社
2002年4月    〃    技術研究所 主任研究員
2002年5月 パシフィックコンサルタンツ株式会社 入社
2016年10月    〃       国土保全事業本部 河川部長
2021年10月 株式会社小野組 入社
2023年7月    〃    常務取締役
その他 一般社団法人和合館工学舎 理事 東京事務所長
    新潟大学 社会連携推進機構 特任教授

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