現在、データサイエンスの分野では社会人向けのリスキリング教育として多くの大学が非IT系、文系の方でも受講できるプログラムを多数開講しています。こうした流れは、IT人材不足が深刻化していること、業種を問わずデータサイエンスが必要な知識であること、DX化に企業の関心が高く、IT人材の養成の必要性が大きな課題となっていること等が背景にあります。
滋賀大学では、文系・理系を問わない文理融合を掲げてデータサイエンス学部を設立し、全国の多くの企業と連携を図り、共同研究やコンサルティング、高度な人材育成に関するリソースの提供を行う一方で、文部科学省の認定を受けて数理・データサイエンス・AI教育強化拠点としてリテラシレベルの教育を行い、裾野を広げる活動を続けてこられたそうです。
2023年度はリテラシレベルの教育として文部科学省の採択を受け「DX人材育成のためのpythonを用いた予測分析ハンズオン教育プログラム」を開講します。
今回は、プログラムをご担当される滋賀大学データサイエンス学部長 椎名 洋氏とデータサイエンス学部教授の村松 千左子氏に詳しいお話を伺いました。
企業の課題解決に特化した滋賀大学のリカレント教育課程
滋賀大学のリカレント教育の取り組み
コエテコカレッジ編集部(以下、編集部) まずは、滋賀大学のデータサイエンス分野でのリカレント教育課程創設の背景と、どのような取り組みをされているのかお聞かせください。
椎名 洋 氏(以下、椎名<敬称略>) 滋賀大学では2017年にデータサイエンス学部を開設して以来、1000社以上の企業様に対して社会啓発セミナーや企業内研修を実施しています。
また、100社以上の企業様に課題解決につながる学術指導等を通じて高度人材育成を行ってきました。更に、データ関連人材育成を含めた包括連携協定を締結している企業は50社を超え、現在も多数申し込みを受けています。
こうした企業連携を行う取り組みの背景に、2016年に企業連携の窓口となるデータサイエンス教育研究センターを設立したことで、多数の企業様から共同研究や人材育成など多岐にわたるご相談、ご要望が寄せられるようになった経緯があります。
このデータサイエンス教育研究センターが2022年から名称を変えて、現在の滋賀大学 データサイエンス・AIイノベーション研究推進センターとなり、企業連携を行っています。
そこで上がってきた企業の課題解決のために、各企業の要望に応じてカスタマイズしながら人材育成等のプログラムを提供しています。誰でも受講できる標準的なプログラムではなく、各企業のニーズに特化したプログラムを組んでいました。
例えばトヨタ自動車株式会社と滋賀大学は、2017年からトヨタグループのエンジニアをビッグデータ分析の指導者(中核人材)候補として育成するために「機械学習実践道場」という研修プログラムを実施しています。これは徐々に規模が大きくなり、現在200人規模で行っています。
またトヨタ自動車との共同研究として結晶構造から有用物質を予測する研究や、道路のオルソ画像生成手法の研究なども行っております。
他に、医薬品・医療機器メーカー向けのデータサイエンス人材育成プログラムとして、2019年度に田辺三菱製薬と教育プログラムを共同で開発し、更にそれを発展させたプログラムにエーザイ、日本新薬、富士通、ロート製薬、田辺三菱製薬工場、田辺三菱製薬の6社から26名の受講がありました。
このように、教育機関として企業の課題に合わせたリソースの提供と人材育成を同時に行ってきました。
社会人でも大学院で学べる仕組み作り
編集部 多くの企業から抱えている問題やニーズが上がってきているということですが、それぞれの企業のニーズをどのように把握されているのでしょうか?
椎名 これだけ多くの企業と連携し、リソースを提供しているのは本学の特色の1つですが、これは社会人の方でも学びやすい仕組み作りを行っているということも関係があります。
村松 千左子氏(以下、村松<敬称略>) 現在、大学院の博士前期課程では募集枠の約40%ほどが企業から派遣されている社会人の方です。
大学院の講義はすべてハイブリッドで提供しており、教室で聴講することはもちろん、オンラインでも授業に参加し質問することが可能です。
キャンパスに行かなくても学べるような仕組みになっているので、皆さん企業から派遣されて働きながら学んでいて、北海道から九州まで全国各地からご参加いただいているような状況です。
椎名 社会人のリスキリングとして2年間学ぶために企業から貴重な人材を大学に送るというのは、コストがかかりますし企業にとっては勇気がいることだと思います。そこで、企業で抱えている問題とデータを持ってきていただいて、それを2年間かけて解決して企業に人材が戻るような仕組みを作っています。
言わば、2年間かけて企業の課題解決のために滋賀大学と共同研究しているような形になっています。この社会人向けの大学院のシステムは年々人気が高まっていて、人材を大学院にリピート派遣する企業様も増えています。
編集部 なるほど、それは素晴らしいですね。こうした取り組みをされているので、企業側にとっても滋賀大学が身近な存在で、企業の課題解決や共同研究等を相談しやすい土壌がしっかり作られているんですね。
機械学習の初歩が学べる「DX人材育成のためのpythonを用いた予測分析ハンズオン教育プログラム」
業種を問わず将来必要な基礎知識が学べるプログラム
編集部 今回、文部科学省の「令和4年度 成⾧分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業」の採択を受けた「DX人材育成のためのpythonを用いた予測分析ハンズオン教育プログラム(以下、プログラム)」について、目的や特徴などについて具体的にお聞かせください。
村松 このプログラムに関しては、企業の課題に特化した企業研修や共同研究とは違い、どの業種でも必要となってくる機械学習やデータサイエンスの基礎的な知識を学べるプログラムになっています。
どの分野の方が来られても必要な知識を得ることができ、多様な社会人の背景にフィットしたプログラムで、機械学習やPython(パイソン)を全く知らない方でも学んでいただけます。
レベルとしてはリテラシレベル・初級レベルですが、このプログラムをきっかけに課題解決に向けて企業に戻って中心となって動いていただきたいですし、また必要があればさらに上のレベルを学んでいただければと考えています。
非ITの方や文系の方でも役に立つ内容で、製造業の方でも業種等は問いません。オンラインで開講しますので全国からご参加いただけたらと思っております。
企業との共同研究等で経験豊富な講師陣が魅力
椎名 本学は、先ほども述べた通り多岐にわたる業種で多くの企業様との共同研究を行ってきました。トヨタ自動車や医薬系の企業様の例はほんの1例で、他にも日野自動車データサイエンス塾への講師派遣や住友金属鉱山(株)との教育コンテンツの共同開発、企業人材の高度化に向けた取り組みなど、多くの企業連携を行っています。
講師陣には、最先端の知識を学生に教えるだけでなく、実際のデータを使用することで、社会人の学生が実践的に課題解決のフローを学べるように導いていける経験豊富な人物がそろっています。
編集部 そういった経験豊富な講師から学ぶというのも、このプログラムの魅力の1つですね。
DX人材育成のためのpythonを用いた予測分析ハンズオン教育プログラムの概要
プログラムの詳細
編集部 このプログラムで学べることや受講スタイルなど詳細について、詳しくお聞かせください。
村松 このプログラムは、
- 企業で求められるDXに絞った実習(ハンズオン学習)
- 大学院レベルの座学(大学院講義聴講)
- 参加企業個別のコンサルティング(自社データの活用等に関するオンライン相談)
の3つで構成されています。
講義は対面・オンラインを併用し、オンデマンド(+小冊子)によるフォローを予定しています。担当教員はデータサイエンス学部教員3名が講義、オンライン学習指導を担当します。
【ハンズオン学習の詳細】
村松 ハンズオン学習では、基礎となるデータハンドリングや可視化から、データサイエンスの中でも最も需要の高い「予測」問題に対する機械学習法まで、Python言語によるハンズオン形式の短期研修プログラムになっています。
1回180分で全6回、月2回隔週で行います。スケジュールと内容は以下の通りです。
第1回 12月4日(月) Python言語の基礎(基礎構文、リスト、配列など)
第2回 12月19日(火) データハンドリング(データ読み込み、前処理など)
第3回 1月15日(月) データ集計と可視化(グラフ、画像表示など)
第4回 1月29日(月) 教師あり学習(分類)、過学習、データ不均衡
第5回 2月13日(火) 教師あり学習(回帰)、特微量選択
第6回 2月26日(月) 教師なし学習(クラスタリングなど)
【大学院講義聴講】
村松 大学院の講義聴講は、提供科目が変更になる可能性もありますが、
- データサイエンス概論
- モデリング基礎理論
- 教師あり学習
- 教師なし学習
上記の内容の講義から1科目選択して聴講可能です。
2024年の4〜5月頃提供予定で、90分×15回(計20時間)を1週間の集中講義で実施します。
【自社データの活用等に関するオンライン相談(コンサルティング)】
村松 自社データの活用等に関するオンライン相談は、企業DX化の契機となるデータ活用法の助言を行います。
ハンズオン学習提供後の2024年2月以降の実施を予定していて、1社1回限り2時間です。(※日程については応相談)
受講後に受講者が社内講師となり人材育成の内製化を行うには、チームで進めるのが最も効果的ですので、複数名での受講を推奨しています。
社会人でも学びやすい、業務に負担がかからない講義スタイル
村松 社会人の方でも業務に負担がかからないようにオンラインでの参加が可能で、ハンズオン学習も大学院講義聴講も録画を共有し、リアルタイムで参加できない場合でも後日視聴可能で、繰り返し学習も可能です。
ハンズオン学習は、平日開催ですが夕方(16:00〜17:30、17:40〜19:10)の時間帯ですので、リアルタイムで参加可能な方はぜひリアルタイムでご参加いただけたらと思っております。
費用や募集等に関する詳細
椎名 受講料や募集に関する詳細は以下の通りです。
【募集期間】 2023年10月16日〜11月30日(木)
【募集人数】 30名程度(先着順)
【受講費用】 1名:330,000円、2名:528,000円、3名:594,000円、4名:660,000円
このプログラムが更なる課題解決のきっかけに
編集部 このプログラムで学んだ人材が、企業に戻った時にどのように活躍することを想定されていますか?
椎名 今回採択を受けて開催するこのプログラムは言わば入門編で、このプログラムだけで企業の課題を完全に解決するというのは難しいと思われます。このプログラムをきっかけに、例えば継続的なコンサルティング、大学院で派遣社会人枠で学ぶなど、ニーズに合わせて更に知識やスキルを深めたり共同研究したりする可能性も考えられます。
もちろん、このプログラムで学ぶだけでもデータサイエンスとはどのようなものなのか、データサイエンスの概観が学べますし、それがわかると次のモチベーションに繋がります。
データサイエンスにご興味を持っていただけたらこの先自己学習で学んでいけるようになると思いますので、知識を深めたり、企業に戻って学んだことを役立てていただけたらと考えております。
今あるリソースを生かして新たなプログラムの提供を
編集部 今後このプログラムをどのように発展させていきたいとお考えでしょうか?
椎名 このプログラムは初歩的なことを学んでいただくようなプログラムですので、今後はもう少し知識を深める中級レベルのプログラムを開講できたらと考えております。
中級レベルのプログラムでは、例えば医薬系の企業で開催した人材育成プログラムのように既存のプログラムがございますので、そういったプログラムとシームレスに繋いで新しいプログラムを開発していけたらと考えています。
データサイエンスを楽しみながら学び、次のステップへ
編集部 新しい知識やスキルを得たい、スキルアップや学び直しを考える読者の方にメッセージをお願いします。
村松 一般的にデータサイエンスというと、難しいと考える方やプログラミングが苦手という方も大勢いらっしゃいます。今回このプログラムを通して、苦手な分野だなと思っている方にも自分で実際に手を動かしてみて、「ここまでデータ分析できるんだ!」ということをぜひ味わっていただいて、楽しさを感じていただき次のステップへ進んでいただけたらと思っております。
椎名 世の中ではDXやAIの話題が騒がれていますので、自分も何か学ばなければと焦りを感じる方もいらっしゃるでしょう。そういう方は、このプログラムを受講していただけたら「データサイエンスとはこういうものなのだ」と肌感覚で理解できると思いますので、安心されるのではないでしょうか。
自分の進むべき方向性もわかってくると思いますので、このプログラムをご活用いただき、私どもがお役に立てればと思っております。企業で複数人のチームを組んでご参加いただくことをお薦めしますが、ぜひ一緒に課題解決していきましょう!
椎名 洋 (しいな よう)
東京大学大学院博士課程修了後、信州大学講師、准教授、教授を経て、2020年から滋賀大学データサイエンス学部教授、2022年からデータサイエンス学部学部長に就任。専門分野は数理統計学
村松 千左子 (むらまつ ちさこ)
シカゴ大学大学院生科学学部医学物理講座博士課程修了後、岐阜大学研究員、助教を経て、2019年から滋賀大学データサイエンス学部准教授、2023年から教授として、同学部の教育研究や企業等との共同研究に従事。専門分野は医用画像解析、画像処理