ここ数年、さらに国際的な競争力を求められるビジネス環境において、労働市場も大きく変化しています。COVID-19の影響による業界の変革が加速し、IT、デジタル技術、特にAIを活用した業務全体のDX化が進んでおり、企業は今まで以上に従業員のスキルアップや教育を進める必要が生じています。
毎日メディアで「学び直し」の言葉を聞かない日がないほど、リカレント教育やリスキリングはますます重要性を増しています。
このような時代の要請で、大学においても社会人向けの教育プログラムが増えており、青山学院大学でも2017年から社会人向けの情報教育人材向けプログラムとして青山・情報システムアーキテクト育成プログラム(ADPISA)が開講されました。
その中でも2021年度に開講された「女性のためのITリカレント教育プログラム ADPISA-F」が東京都の「東京都女性活躍推進大賞」の教育部門で「優秀賞」を受賞しました。
2022年度からは、3つのレベルに分けてDX人材養成のプログラムを設置し、さらに2023年度から新たに法人向けのプログラムもスタートしています。
今回はADPISA(アドピサ)プロジェクトについて、青山学院大学 社会情報学研究科 山口 理栄氏に詳しいお話をお伺いします。
2024年度のADPISA-H、ADPISA-Mは2024年3月18日より募集開始です。詳しくは、以下をご参照ください。(ADPISA-Eに関しては、7月頃に募集開始、9月実施予定)
また、ADPISAの科目をカスタマイズして研修に組み込める法人向けプログラムADPISA PLUSが開講されています。開催予定や科目一覧は、以下をご確認ください。
ADPISAとは
青山学院大学社会情報学部の特色
コエテコカレッジ編集部(以下、編集部)ADPISAプロジェクトをおこなっている社会情報学部とは、どのような学部なのでしょうか?
山口 理栄 氏(以下、山口<敬称略>)社会情報学部は、文系でもあり理系でもある文理融合教育と、実践的問題解決教育を指向しており、情報システム人材育成はその1つの柱となっています。
ADPISAによって次代を担う情報システム人材の育成・交流の拠点となることを目指しています。
大学でリカレント教育やリスキリングを学ぶ意義
編集部 なぜ大学が主体となって社会人向けのプログラムを開講されるのでしょうか?
山口 ADPISAは、体系的な教育メニューになっています。どんどん新しくなって変わっていくフロー型の知識・スキルだけではなくて、応用の利く基礎知識のような蓄積型の知識・スキルも学べるのが大学ならではの教育です。
取り急ぎシステムに関するスキルを学びたいという方は大学のプログラムではなくても良いと思いますが、基礎を身につけることで応用力を育てたい方は、体系的なメニューでバランスの取れた内容になっている大学でおこなうプログラムが向いていると思います。
大学の教員はバックグラウンドにある知識が膨大で、その一部を講義として教えていますが、実はたくさんの引き出しを持っている人が多い。こうした経験豊富な教授や教員と出会えることも、大学の良いところかなと思います。
必要とされるIT人材を育成するADPISAのプログラム
編集部 では、ADPISAについて詳しく教えてください。
山口 ADPISAとは、青山・情報システムアーキテクト育成プログラム(Aoyama Development Program for Information Systems Architect)の略で、情報システムアーキテクトという人材を育成するためのプログラムです。
この情報システムアーキテクトとはISアーキテクトとも呼びます。
「言われたものをIT技術を使って構築する」という狭い意味の情報システムの構築であるITアーキテクトではなく、ISアーキテクトはビジネス組織やプロセス、ステークホルダーである人間の活動も含めた広い意味の情報システムの構築を推し進める専門人材のことを言います。
ITアーキテクトとISアーキテクトでは、できることが違っています。ITアーキテクトは、「このようなシステムを作ってください」と言われて開発しますが、ISアーキテクトはビジネスの現場を知り、「こういうことをやりたいんだけど、どういうシステムが良いか?」というところから考えられる人です。
私たちは、この広義の情報システムを作ることができるISアーキテクトの育成を目指していて、その育成プログラムがADPISAです。
ADPISAができた背景にある、日本が抱える問題
山口 このADPISAができた背景には、大きな問題意識がありました。
それは、「IT技術者がどのような企業で働いているか?」という問題です。日本ではIT企業に75%、ユーザ企業には25%しかIT技術者がいません。
一方で、アメリカなどの諸外国ではこの比率がちょうど逆で、アメリカの例ではIT企業に28%、ユーザ企業に72%の技術者がいて、自分たちがやりたいこともわかっているし、それをどういう技術で実現できるかもわかっている。このように諸外国ではちゃんとユーザ企業にノウハウが蓄積する構造になっています。
ユーザ企業は、ビジネス上の何かしらの課題を抱えており、その課題解決のためのシステムを作りたいというニーズがあります。そのシステムを作るための具体的な方法を、IT技術者の不在により社内で検討できないのです。
どうシステムに落とし込むか、わかる人が少ない。だからベンダー企業と言われるIT企業に丸投げになってしまいます。IT企業に丸投げになるということは、ユーザ企業側に問題解決のノウハウが残らない。これが以前からの問題なのです。
ではベンダー企業にノウハウが残るかというと、ベンダー企業は実は多重下請け構造になっているんですよね。
大きな企業が国からの補助金を受けてその下の企業に発注し、またさらに下請け企業に発注し…と、最終的な受注企業では仕様がはっきりせず、かつ技術力には疑問が残る状態となり、いろいろな問題が生じがちです。
下請けにノウハウが残るといっても下請け企業が強くなって力を持てば別ですが、組織としては脆いものです。なかなか強くはなれないですよね。こういう業界の構造が長らく問題視されていました。
日本も、ユーザ企業にITエンジニアを増やさないといけないんです。特にDX化で、ユーザ企業が自分たちのやっていることをより最新の技術を使って効率を良くし、楽にビジネスで成果を出そうという流れになっていますので、ユーザ企業にノウハウが蓄積する構造を作っていかないといけません。
そこで、ISアーキテクトを育成しこの問題を解決しようというプロジェクトがADPISAです。
編集部 なるほど、そういう背景があるのですね。
対象者をわけて、よりきめ細かく人材育成が可能になったADPISAの3つの履修プログラム
2022年度からADPISAは3つのプログラムに
編集部 ADPISAには3つのレベルに分かれた履修プログラムがありますが、それぞれについて詳しくお聞かせください。
山口 ADPISAは、1つのプログラムからスタートしました。2021年に新たに開講したIT初心者向けのプログラムADPISA-Fが、東京都女性活躍推進大賞を受賞して話題になりました。
2022年度からはADPISA-E、ADPISA-M、ADPISA-Hの3つのプログラムにわかれています。
山口 現在はADPISA-Fはありませんが、エントリーレベルのADPISA-Eに引き継がれています。ADPISAのFとEの違いは何かというと、Fは女性限定でしたがEは女性限定ではありません。
また、現在ある3つのプログラムは全て、今就業している人(社会人)を主な対象としています。
ユーザ企業でこれからITを学ぶ方のためのADPISA-E
編集部 ADPISAは、それぞれどのような方を対象にされているプログラムでしょうか?3つのレベルそれぞれについて教えてください。
山口 ADPISA-Eは、ユーザ企業に勤めていて、今までITを学んできたことがない人が対象です。Microsoft製品を使ったことがある人や、インターネットを使って検索するなどパソコンでの操作はできるという人で、ITそのものは学んだことがない人です。
アルゴリズムやプログラミングとはどういうものなのか、ネットワークの構造やネットワークセキュリティなど、ITの基本を学ぶのがE(エントリーレベル)です。
このエントリーレベルの方達は、今働いているユーザ企業で仕事の範囲を広げたり、転職を目指したりされる方もいらっしゃいます。会社で事務職をしているけど先の見通しがないとか、現在非正規雇用だけど正規雇用を目指したり、給料アップを目指したりされている方々が参加されています。
狭義のITエンジニアから一歩進んだレベルへの移行を目指すADPISA-M
山口 続いてADPISA-Mは、Eとは違い企業でITに携わっていて、プログラマやSE・システムの保守・情報システム部門の方、社内のITシステムや顧客のITシステムを作っていらっしゃるような方などが対象です。
Mは、狭義の情報システムエンジニアが対象ということです。与えられた課題でシステムを構築しているキャリアが長い方達なので、ビジネスや人間について学んでいただきどのように作ったシステムに価値を与えたら良いのかということを考えていくプログラムです。
より広い視野でDX化を推進する人材を育成するADPISA-H
山口 ADPISA-Hはハイレベルなプログラムで、企業全体でDXをどうやって推進していったら良いか、どのようにDX化を進めていったら良いかを考えるような方が対象です。
例えば中規模の企業であれば企業全体の情報システムやDX化の責任者、大きな組織であればそれぞれの部門のDX化を進める責任者などのポジションの方に受講していただきたいです。
Hには実践研究という授業が入っていて、授業で学んだことを実際に自分の組織で適応させて、実践したものを最終日に発表するという研究的なものが入っています。Mはディスカッションもしますが座学がメインで、ここがHとMのプログラムの大きな違いになります。
ADPISAの今後のスケジュールなど詳細情報について
編集部 では、今度のスケジュールや募集人数など詳細情報について少しお聞かせいただけますでしょうか?
山口 2024年度のADPISAは、ADPISA-MとADPISA-Hの募集を2024年3月18日より開始しました。プログラムの実施は6月から11月を予定しています。
ADPISA-Eの募集は7月頃を予定していて、プログラムの実施は9月頃の予定です。
※詳しい情報を確認したい方はこちら↓
受講者に寄り添いながら進化を続けるADPISAのプログラム
2024年度のADPISAの特徴
編集部 回数を重ねる毎に社会情勢やITの進化に合わせてプログラムが改変されていると思いますが、今年度のADPISAの特徴はどのようなことが挙げられますでしょうか?
山口 ADPISAの特徴として、個人個人の学びのレベルに合わせて、適切なアドバイスを受けることができることが挙げられますが、これは2024年度も継続して行っていきます。
そもそも受講者の皆さんは20代から50代までと年代も幅広く、それぞれの方のやってきたこと、バックグラウンドが違います。就労したい人、転職したい人、今の会社の中でうまくやっていきたい人、異動したい人など、目的もさまざまです。
このように動機や状況の異なる方々が一緒に学んでいくことには、モチベーションの維持や講義の方向性において、多くの難しい問題があります。
ADPISAの学習プログラムとして一部はUdemyBusinessというオンライン学習サービスを使用していますが、こちらについては、習熟度に合わせてADPISA-Hの受講生は1年間履修科目に関わらずUdemy Businessの全科目を無料で受講できるようになっています。
合わせて、技術的なアドバイスができるテクニカルコーチがいるので、これによって例えばADPISAの科目の中でこの科目について、自分はバックグラウンドが弱いと相談いただけたらUdemyのこの科目で予習してくださいとアドバイスしてもらうことも可能です。
また、講義でやっている科目と同じカバー範囲の講座をUdemyの中から探して、一緒に学べば複数の視点で学べるなど、UdemyBusinessをADPISAの補完に使えますし、さらに学びたい方にも向いています。
さらに、従来は独立した教育プログラムでしたが、2024年からADPISAという1つの教育プログラムの履修モデルに変更しました。同時期にADPISA-H、 ADPISA-Mを開催し、受講生がADPISA-H、 ADPISA-Mから科目が選択できるようになります。
プログラムの科目構成の改善としては、従来から希望の多い以下の科目を新設し、ADPISA-M、ADPISA-Hの受講生はこれらの2科目から1科目を選択して受講できます。
【新設科目】
- 生成系AIで変わる情報システム
- ユーザー主導の情報システム要求定義
学びが継続できる環境づくり
山口 もう1つ、ADPISAは「学びの継続」ということを大切にしています。ADPISAのプログラム自体は3〜4ヶ月で終わりますが、そこで終わりではないということ。
例えばエントリーの方は全員ITパスポートの取得が可能なレベルを目指していきますが、基本情報技術者を目指す場合はさらに学習が必要です。
同様に、Mを受講された方もHを受講された方も、今後さらに学んでいかねばならない課題がたくさん見つかるはずです。
技術の進歩はとどまることはありませんので、学び続けることを習慣化する、動機づける、学びをその人の中に根付かせることを重要視しています。
テクニカルコーチに相談できる環境だけでなく、キャリアのことを相談できるキャリアコーチの方とも連携し、キャリアとテクニカルの両面でサポートできる体制になっています。
学び続けると言っても、それぞれ目的は違います。例えば転職が目的の場合には、プログラムの終了後に、希望の分野に進むための具体的な受講科目などのアドバイスを受けることなどが必要です。継続して学習していくやり方をサポートする体制が確保されているのです。
編集部 確かに、それは大きな特色ですね。他に何か受講生が学びやすくなるような取り組みはされていますか?
山口 Slackのサービスを使って事務局からの連絡や講師にチャットで質問ができたり、日々の情報共有がなされています。
受講生同士の横の繋がりも、Slack上で非常に活発にできているようです。講師抜きでもグループができて、特定の興味のある分野について勉強するグループができて、LINE上でやりとりするようなケースもあるようです。
編集部 なるほど、それは素晴らしいですね。受講生同士で活発に学び合える土壌ができているということですね。
山口 そうですね。
ADPISA-E、M、Hは厚生労働省の教育訓練給付金の対象に
編集部 経済的支援として、厚生労働省の給付金の対象になっているプログラムもありますか?
山口 ADPISA-E、ADPISA-M、ADPISA-Hは厚生労働省の教育訓練給付金の対象になっていますので、修了者には120h履修証明(BP)で最大70%、60h履修証明(SBP)で最大40%の給付金が支払われます。
法人向けADPISA PLUSを開講
山口 2023年からADPISA-E、ADPISA-M、ADPISA-Hを社員・職員研修として利用できる法人向けプログラムADPISA PLUSが始まりました。既に大手製造業、IT企業等で実施しております。
企業の目的に合わせてプログラムをカスタムメイドして提供しているのが大きな特徴で、
- 必要な科目のみを選択
- 職場の都合に合わせた受講場所、日程、時間数を設定
- 実際に起きている課題を題材とした実践研究をサポート
このようなカスタムメイドが可能です。
厚生労働省「事業展開等リスキリング支援コース」、東京都「DXリスキリング助成金」等の助成金が利用できますので、ぜひお気軽にご相談いただけたらと思います。
今後は企業からの後押しも重要
編集部 ADPISAに参加されている方は、企業側から「これを学んできて欲しい」と送り出される方もいらっしゃるのでしょうか?
山口 今までの例ではADPISA-Hは企業側から送り出されて来られる方が1〜2割くらいで、自発的に来られる方が圧倒的に多いです。今後さらに企業研修としても積極的に利用していただけたらと考えております。
なぜなら、残念ながら自発的に学びたいという人が少ないからです。自発的に学ぼうとしている人たちだけでは、現在のDX人材不足は解消しません。日本では今後、何百万人ものIT人材が必要とされてくると思われます。
ということは、企業が多くの非IT人材をIT人材にしないといけない。そういった方々にぜひここに来て学んでいただきたいと思っています。企業側にもニーズがあるはずなので、企業の後押しも必要です。
ADPISA-Eはまさに非IT人材をIT人材にするプログラムなので、ぜひ一歩を踏み出してご参加いただけたらなと思っております。
Eのレベル感としては、新入社員に対する基本的なIT教育のイメージです。新入社員でなくとも、中堅の方々も今からITをやりたい、やらなければという方に来ていただいて、基礎から学んでいただく。
一通り基礎を学んではじめて、自分がやるべきことができるようになっていくので、例えばセキュリティをやらなければいけないようであれば基礎の上にセキュリティを学んで社内のセキュリティ担当に、データベースを学んでデータベース担当になるなどのルートがあるかと思います。
特に事務の業務は今後のAIの進化により、業務自体が消滅する可能性もあるので、そのポジションの方をIT人材化する動きも企業として必要になっていきます。
スキルアップをお考えなら学びやすい環境へ
編集部 最後に、スキルアップについて考えている読者の方にメッセージをいただけますでしょうか。
山口 先ほども言いましたが、働く人の全体の中でスキルアップを考えている人は1割くらいなんです。スキルアップをしたいと考えるに至っただけでも、素晴らしいことです。ぜひそこから更に一歩、二歩踏み出して欲しいと思います。
このスキルアップを考える人ばかりが集まってくるのがADPISAのようなリカレント教育やリスキリングのプログラムです。ADPISAは、最初から学びたいというモチベーションが高い人たちが集まっています。
ADPISAの過去の受講生さんの中でも、受講生同士の横の繋がりができてとても刺激を受けました、という感想をいただいています。
もっと自分にスキルをつけて仕事の幅を広げたい、キャリアアップしたい、別のことにチャレンジしたいという方ばかりがくる学びの場なので、何かしら学校に入って誰かと一緒に学ぶというのは、思いもよらない効果が得られるはずです!
青山学院大学社会情報学研究科特別研究員
山口理栄
1984年 筑波大学情報学類を卒業し日立製作所に入社、ソフトウェアの開発・設計に従事。
1992年南カリフォルニア大学修士課程修了(Computer Science)。
2010年より育休後コンサルタント®として法人向けに育休復帰社員、およびその上司向けの研修を開始。
2021年より青山学院大学 社会情報学研究科 特別研究員として青山・情報システムアーキテクト育成プログラム(ADPISA)の企画・運営に関わる。