日本の半導体産業は、かつて1990年代には世界の49%のシェアを占めており、かつ九州はその中でも主要な生産地で「シリコンアイランド」と呼ばれていました。現在では、日本の半導体シェアは2021年時点で6%までに落ち込んだと言われています。
しかし2024年熊本県で台湾の半導体企業TSMCの工場が操業を開始し、その他にも北海道をはじめ日本各地で半導体関連への投資が活発になる中、半導体人材が大量に求められるようになっています。
また、半導体の生産は周辺技術を要するため、その関連企業も人材不足には強い危機感をもっており、政府による多くの支援の取り組みが行われています。
そこで今回注目したのは、2023年8月に設立された福岡半導体リスキリングセンターです。福岡半導体リスキリングセンターでは大学や企業と連携して講座を提供しており、県内にとどまらず全国で活躍できる人材を輩出するための支援を行っています。
このセンターを運営する公益財団法人福岡県産業・科学技術振興財団(ふくおかIST)、産業技術イノベーションセンター長の末廣 利範 様、産業技術イノベーション部長の小野本 達郎 様にご協力いただき、半導体人材育成について詳しくお話を伺いました。
福岡半導体リスキリングセンターとは
福岡半導体リスキリングセンター設立の経緯
「もともと国内学生の理系離れや、少子高齢化の影響もあって新卒者の確保はより難しくなっていました。産学官で構成する九州半導体人材育成コンソーシアムの予測によると、今後10年間、九州の半導体人材不足は毎年1000人に上ると言われており、人材の需要は今後も非常に多いと予測されています。。当財団では他の地域に先駆け、2001年から22年間にわたり、約25,000人の半導体人材の育成とノウハウの蓄積を行ってきました。その功績が評価され、2019年にはものづくり日本大賞において経済産業大臣賞を受賞しました。福岡半導体リスキリングセンターはその経験を基盤に設立しています」(末廣氏)
大学教授や企業の高度技術者との連携による実績豊富な学びのシステム
福岡半導体リスキリングセンターのセンター長を務めるのは、半導体研究における第一人者である東京大学 特別教授室 特別教授 黒田忠広氏です。副センター長には九州大学の大学院システム情報科学研究院教授 井上弘士氏、人材育成エグゼクティブアドバイザーには三菱電機株式会社パワーデバイス製作所応用技術統括の山田順治氏に就任いただいています。
「人材育成コーディネーターや事務担当者なども含めると、総勢15名のメンバーで組織が構成されています。講師陣は現在約50名で、いずれも大学教授や大手企業の高度技術者といった半導体の専門家の方々です」(末廣氏)
全国の企業、自治体からの大きな反響
2023年8月に福岡半導体リスキリングセンターが設立されてから約1年が経過し、着実に実績は上がっています。
具体的には、受講者数は34都道府県からのべ7,500人以上(2024年9月時点)。450社以上が講座を受けており、その半分は福岡県外の企業だそうです。
また、センターの開設から1年間で50件ほどの視察があり、そのうち約7割は県外からの問い合わせです。半導体人材不足は九州以外でも緊急の課題となっており、福岡半導体リスキリングセンターのようなモデルケースに注目が集まっているのです。
「視察では、当センターの教育プログラムが長い歴史の中で培われたものであることを高く評価され、『自分の組織で活用してみたい』と前向きに検討される方が多いです」(小野本氏)
幅広い業種が活用できる講座を開催
講座・セミナーの概要
講座体系は、入門から中級・上級まで半導体を作る側と使う側という視点から構成されており、「半導体講座(作る側)」では超入門講座をはじめとして半導体製造に必要な設計・製造・テストなどの生産工程ごとに、「半導体活用講座(使う側)」では自動車分野や組み込み分野など半導体を活用する分野での技術を学べるのが特徴です。また、対面講座だけでなくリモート講座、いつでも受講できるe-learning講座を提供することで地域を問わず学べる体制を整備しています。
「講座内容にも定評がありますが、リモートやいつでも学べるe-learningでの受講体制により県外からの受講実績が伸びていると思われます」(小野本氏)
受講者は主に企業に勤務する半導体の技術者を想定していますが、業種や職種による制限は設けておらず、さまざまな方を受け入れています。
「高度な内容の講座の受講は技術者の方が多いですが、たとえば入門講座では半導体関連企業の営業職や事務職の方などが、取引先と話をする際に基礎知識があったほうがよいから、と受講されています。また、メーカーのみならず、商社や銀行の方も業務の一環として、会社単位で申し込まれたり、もちろん個人で受講する方も多数いらっしゃいます。
20代から50代まで性別を問わず幅広い年代の方が受講しており、少数ですが外国の方も講座に参加されています」(末廣氏)
一般向け講座
公開講座では、以下のような講座を実施しています(2024年10月現在)
- 半導体製造装置基礎(前編)
- アナログIC設計基礎
- Verilog-HDL デジタル論理回路設計(基礎編)
- 半導体製造体験
- 組込みC言語プログラミング基礎
- ソフトウェアテスト手法
基礎から学びたい人には「よくわかる半導体超入門ⅠⅡⅢ」がおすすめです。
個別企業向け講座
個別企業向け講座(法人研修)では、全国の大学・企業・研究機関などと提携し、半導体の専門家が実践的な研修を行います。こちらは技術者向けの内容で、半導体関連技術や組み込みソフトウェア等の基礎的な内容からAI・データサイエンス等の最新技術まで、より高度な知識・技術を習得できるのが特徴です。
講座のカリキュラムはこちらのシラバスに準拠していますが、専任のコーディネータ―が企業の要望をヒアリングして、カスタマイズした研修プランを提案することも可能です。「ふくおかIST e-learning」との連携も行っており、e-learningとライブ講義を組み合わせた研修カリキュラムも提供しています。
また全国各地へ出張研修も実施しており、企業が指定する研修会場にて講師が講義を行います。演習環境を整備したノートPCや実習機材等をセンターから事前に送付し、WEB中継や対面で講義を実施しています。
初心者から中級・上級者まで充実した講座体系
福岡半導体リスキリングセンターでは、受講者のレベルに合わせた講座を用意しています。
「講座のラインナップを考えるにあたって、最初に行ったのが企業ニーズ把握のための調査でした。その結果、半導体に関する初歩的な知識へのニーズが大きいことがわかりました。また受講時間についても1日~2日で終わるものが良いという声が多くありましたので、1講座は1日で終了する時間設定を主軸にしています。また、対面に加えリモート受講も用意しました」(末廣氏)
調査を踏まえ、入門編として作られたのが、半導体の初歩を学ぶための「よくわかる半導体超入門」でした。同講座はこれまでに4回実施していて、毎回100名以上が参加するほどの人気ぶりです。
受講者からは「文系出身でも分かりやすかった」「半導体は難しいものだと思っていたけど、受講前よりハードルが低くなった」といった感想が多く寄せられています。
さらに中級・上級では、技術者対象の実践的な講座を提供しており、より高度な技術を習得可能です。
「すべての講座の受講者を対象に、講座の最後に理解度テストを実施します。講師が説明した内容からランダムに出題し、合格できた方には修了証を発行するシステムです。現時点では理解度テストの受講率と合格率がほぼ100パーセントに近く、皆さまが熱心に学んでくださっているのが伝わってきます」(末廣氏)
受講料の補助について
福岡半導体リスキリングセンターでは、福岡県内の中小企業を対象として、実施する講座やセミナー、イーラーニングの受講料の全額補助を実施しています。
申請期限は受講開始後6か月以内で、受講を完了し修了証を取得、添付するのが条件となります。
ただし、法人研修である「個別企業向け講座」は対象とならず、そのほかにも一部対象外の講座がありますのでご注意ください。
また福岡県以外では佐賀県・宮崎県において半導体人材育成に関する補助金の施策が行われています。
日本全国の半導体人材育成を支援する拠点へ
福岡半導体リスキリングセンターは、九州のみならず全国で活躍する半導体人材の育成を目的としています。そのため、より多くの企業や個人の方が活用できるよう、講座や受講システムの充実に努めているとのことでした。
「福岡県の服部知事も、『国内の半導体人材不足解消に向けて貢献してほしい』と我々を後押ししてくださっています。目標を達成するまでの道のりは険しいですが、地道に活動を続けていきます」(末廣氏)
「現在は人材の流動性が高く、他県で働いている技術者がのちに福岡で就労する可能性もあります。だからこそ、長い目で国内の半導体人材の育成に取り組むことが大事だと考えています」(末廣氏)
半導体産業に興味のある方へのメッセージ
今後、ますます人材需要が高まると思われる半導体産業に、興味がある・就業してみたいと考えている方に向けて、メッセージをいただきました。
「九州がシリコンアイランドと言われた時代は、パソコンは仕事や趣味で使用されるだけで、一部の方にしか半導体には縁がなかったと思います。しかし今はスマートフォンや家電に当たり前に入っていて、生活になくてはならないものです。これからAIの発達でさらに半導体は身近になり、黒田センター長が言われる、半導体の民主化という時代はもう身近に迫っています。半導体の作られる過程や活用についても、ぜひ多くの方に関心をもっていただきたいと願っています」(末廣氏)
「半導体に興味がある、勉強してみたいという方には「よくわかる半導体超入門」の講座をおすすめしています。とても人気のある講座で、文系・理系、業種、職種も問わずに受講いただいています。公開講座(対面・リモート)の受講料は4400円(e-learningは6600円)(2024年10月現在)と受講しやすい価格です。半導体とはどんなものか、どんなしくみで動いているのか、どんな作り方をしてるのかを半導体初心者の方にもわかりやすく解説しています。ここを入口としてより多くの方に半導体について興味を持っていただきたいです」(小野本氏)
まとめ
半導体産業は、電気自動車により需要が増えている蓄電池産業などと並んで、今後最も成長が見込まれる分野です。
パソコンやスマートフォン以外にも、自動車、産業ロボット、医療機器などあらゆるものに半導体は使用されており、その市場規模は2023年に日本でも約9979億円となっています。
世界的には2030年には1兆ドル(約100兆円)にも達するのではないかと言われています。
その特徴としては、地域に半導体材料、半導体製造、半導体製造装置、半導体商社など、さまざまな企業が互いに密接に関連し合い、一大サプライチェーンを形成していること、そこでは今もそして今後も多くの人材が求められているのです。
社会人の実際に役立つリスキリングのスキルとして、半導体はとても有望なものだと思われます。この記事を参考に今後のリスキリングを考えてみませんか?