リカレント教育やリスキリングといった社会人の「学び直し」に関する政府の取り組みの一環として、文部科学省は2024度から新たに「リカレント教育による新時代の産学協働体制構築に向けた調査研究事業」をスタート! 継続事業の「地域ニーズに応える産学官連携を通じたリカレント教育プラットフォーム構築支援事業」も新たなフェーズに入ります。
同省はこれまで、大学等の高等教育機関に対し、産業界のニーズを踏まえたリカレント教育プログラムの開発・提供に向けた支援を行ってきました。例えば、2023年度に実施された「成⾧分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業」では、社会人のスキルアップやキャリアアップ、キャリアチェンジを後押しすべく、大学等でお得に学べる個人向けプログラムが数多く提供されました。新規事業は、そうした取り組みで見つかった課題も踏まえ、高等教育機関や産業界が互いに連携を強めながらさらに発展していくための内容となっています。
文部科学省 総合教育政策局 生涯学習推進課 職業教育推進係 リカレント教育・民間教育振興室の菅原愛氏にお話をうかがい、同省の今後の取り組みについてまとめました。
2023年度までの文部科学省リカレント教育推進事業についての記事はこちら
https://college.coeteco.jp/blog/archives/14854/
2024年度から始まる「新たなリカレント教育推進事業」とは
キーワードは「産学協働」
文部科学省はリカレント教育推進に向けた新たな事業として、2024度から「リカレント教育による新時代の産学協働体制構築に向けた調査研究事業」を実施します。本事業の目的は、自動車・物流・建設・福祉・金融・観光などさまざまな業界における人材育成ニーズに対応した、大学等の高等教育機関にしかできないリカレント教育モデルを確立すること。それを通して、個人・企業・教育機関の成長を促し、日本社会の持続的な発展につなげることを目指しています(具体的な実施内容は後述)。
その背景には、少子高齢化による労働力不足から生産性を向上させる必要性に迫られている、日本社会の課題があります。さらに、変化が激しく先行きが不透明なVUCA(※)の時代に求められる「分野横断的知識・能力」「理論と実践の融合」「分析的思考」といった汎用的で高度なスキルを身につけるには、高等教育機関がもつ教育リソースの活用が欠かせないこともあげられます。
(※)Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字をとった造語。環境が目まぐるしく変化し、将来の予測が難しい状況を意味する。
また、これまでのリカレント教育推進事業を通して見えてきた課題も影響しています。同省は2023年度までの3カ年にわたり、「成長分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業」など単年度の事業を実施してきました。これらは大学等での社会人向けリカレント教育プログラム開発を補助金などによって支援するもので、事業終了後は教育機関が受講料収入や寄附金等の資金を自ら確保し、持続的にプログラムを運営することを目指してきました。
これらの事業を通じて、採択を受けた大学等が約200のプログラムを開発し、無料または安価で提供。アンケートでは受講生の9割以上が「満足した」と答え、「高度・専門的知見が身についた」などの喜びの声も寄せられました。その一方で、受講料や受講生の継続的確保に苦労する大学も少なくありませんでした。開発されたプログラムの大半は個人向けで、高額な受講料の設定は難しく、また企業からの受講生派遣や資金提供を受けて経費をまかなえている大学はごく一部にとどまったためです。
「個人の金銭的負担やモチベーションに頼り続けていては、持続的なプログラム実施は難しい。受講生が所属している企業の成長につながるような、産業界の評価が得られるプログラム開発を、産業界と高等教育機関が協働体制を組んでやっていくことが必要ではないか。ーーそうした問題意識から、新たに『リカレント教育による新時代の産学協働体制構築に向けた調査研究事業』を立ち上げました」(菅原氏)
事業の先も見据えて
「リカレント教育による新時代の産学協働体制構築に向けた調査研究事業」は、2023年度の補正予算事業として、2024年度に実施されます。補正予算事業のため単年度の実施になりますが、文部科学省は調査研究の成果を具体のプログラム開発、そして企業成長を支える人材育成にそれらの教育プログラムを組み込んでいくことまでを見据え、本事業を構想しています。
前述のように、事業の目的は企業成長に直結する高等教育機関ならではのリカレント教育モデルを確立すること。それに向けて、2024年度には産業界の人材育成課題・ニーズの把握や、大学等の教育リソースについての調査分析、教育プログラムのアウトライン設計などを行います。その後、本事業で提案されたプログラム案に基づき、具体的な企業と大学等が協働で教育プログラムを開発し、企業による大学への従業員派遣など積極的なプログラム受講を後押しする考えです。さらに長期的には、受講後の効果検証を踏まえた人事制度・処遇への反映、プログラムの改善など、高度人材育成に向けた産学協働体制での取り組みの好循環にもつなげたいというイメージを持っています。
「プログラムの開発から受講生の派遣、受講の評価までコミットするという前提で関わってくれる、人材育成に本気で取り組む企業と大学等をマッチングさせ、両者の協働体制を構築し、大学等がプログラム開発に円滑に取り組めるようにするための普及啓発をも見据えた事業になっています。ただし、ニーズ調査からプログラムの開発・実施、受講生の確保、『企業が受講成果をどう評価したか』という効果検証までを、大学等が企業と一緒に単年度で行うのは、スケジュールとして非常にタイトです。それでは企業が求めるプログラムの開発は難しいので、年度をまたいでも段階を追って行うべきと考えました。ゆくゆくは、その教育プログラムを活用して自社の成長につなげる企業が従業員の派遣や受講料の負担を担い、大学等が持続的にプログラム運営することを目指します」(菅原氏)
大学等と企業が協働してプログラムを開発するといっても、その1社にしか役立たないものを作るわけではありません。
「例えば物流業界であれば、先端技術を用いて物流を改革できる高度物流人材の確保が業界全体の課題となっています。本事業では、そうした業界ごとに共通する人材育成課題を落とし込んだ汎用的なプログラムの開発を目指しています」(菅原氏)
2024年度の実施内容とその後の方向性
2024年度の具体的な実施内容と2025年度以降の取り組みの方向性は、以下のようになっています。
2024年度の具体的な実施内容
①産業界の人材育成に関する課題とニーズの把握
産業界が人的資本経営を進める上での人材育成に関する課題について、業界毎にヒアリング・アンケート調査等を実施し、抽出する。その際、大学等との連携に関する意向も聴取し、企業の経営・人事戦略に基づいて、大学等において提供されるリカレント教育プログラムに従業員を派遣したり、その成果で得られた能力を処遇に反映するなど、より進んだ取組の推進意向がある企業等を調査・把握する。
②企業ニーズを踏まえたプログラム構成要素の分析、アウトライン設計
①で抽出した産業界の課題を踏まえ、各課題の解決に寄与する人材育成のための教育プログラム開発に向け、プログラムに取り込むべき学習要素や、身につけるべき能力を具体的に分析・整理。その上で、大学・高等専門学校等が提供できる教育リソースを調査・整理し、それらを活用して課題に応じた教育プログラムのアウトラインを設計する。
③具体的なプログラム開発に向けた大学等へのヒアリング調査等
②で設計した各教育プログラムのアウトラインについて、課題を提示した企業及び教育リソースを持つ大学等に共有・ヒアリングを実施し、双方にとって実益が得られるよう改善・具体化を図る。併せて、考案したプログラム案について、それを通じて解決を目指す産業界の課題も含め調査分析の成果を取りまとめ、実際に大学等がプログラム開発に円滑に取り組めるよう普及啓発を図る。
令和5年度文部科学省補正予算事業別資料集
2025年度以降の取り組みの方向性
①具体的な企業群・大学群とのマッチング
②教育プログラム開発→大学への従業員派遣
③所属企業への成長還元/人事上の処遇方策検討
④教育プログラムの改善
令和5年度文部科学省補正予算事業別資料集
なお、調査研究や企業と大学等とのマッチングは、産業界の現状分析や大学等のリカレント教育に詳しい民間事業者等が行います。
「2025年度以降は、大学等が主体となって、人材育成課題を抱える企業と一緒にプログラムを開発していきます。大学等においては、2024年度の調査研究事業の成果をしっかりとキャッチアップしていただき、次年度以降の取り組みにつなげていってほしいと思います」(菅原氏)
継続事業は新たなフェーズへ
地域全体でリカレント教育を活性化
「地域ニーズに応える産学官連携を通じたリカレント教育プラットフォーム構築支援事業」は、文部科学省が手がけるリカレント教育推進事業の一つ。地域に密着した持続的なリカレント教育の実施に向けて、地域の産業界、自治体、金融機関、大学等が対話の場(リカレント教育プラットフォーム)を構築し、地域ニーズに応じた人材を継続的に育成する体制を作り上げるためのものです。2023年度に続き、2024年度も実施されます。
地域ごとに実施するのは、個別の教育機関で行うより効率的であり、かつリカレント教育の取り組みを地域に根付かせ、地域ニーズに応じた人材育成を進める上で効果的であると考えられるからです。
「地方は都市部よりも中小企業の割合が高い傾向にあり、地域によって産業構造も異なります。地方でVUCAの時代に価値創造を行ったり、事業変革をリードしたりできる人材を育成していくためには、地域ごとに取り組んでいくことが重要だと思います」(菅原氏)
2023年度には事業の実施拠点として、大学コンソーシアムや大学、自治体等、全国で12の機関を採択。北海道リカレント教育プラットフォーム、やまがた社会共創プラットフォーム、リカレント教育プラットフォームみえなど各機関がプラットフォームを設け、フェーズ1として以下のような事項を主に実施しました。
- 地域における人材ニーズの調査・把握
- 大学等の教育コンテンツの集約
- コーディネーターの配置を通じた、地域の人材ニーズと大学等の教育コンテンツのマッチング
- プログラムや事例の広報・周知
「現時点では、企業への調査による教育ニーズの洗い出し、地域の大学等の教育コンテンツを集約したポータルサイトの整備、調査結果等の成果の普及啓発に向けたシンポジウムの開催といった取り組みを行っている機関が多いです。ニーズ調査を受けて社会人向けのプログラム開発に着手しているところもありますが、具体的なマッチングについては、仕組みの構築・定着に向けて動き出したばかりという印象です」(菅原氏)
2024年度の取り組み
2024年度は、前年度の取り組みにフェーズ2「企業側の評価や環境整備等を含む、総合的リカレント教育推進体制の整備」を加え、以下のような内容で実施されます。
①教育プログラムの適切な評価方法・体制の整備
リカレント教育を利用する企業側がその有用性等を適切に評価しうる評価方法を定め、その結果に基づき、従業員の継続的な受講に値するように教育機関側が改善を図るといった好循環を構築する。
②企業側における環境整備の促進
フェーズ1段階の実施状況を踏まえた上で、リカレント教育に関する企業側における取組(従業員の学習インセンティブの向上、学びやすい環境の整備、学習成果の適切な評価等)について、大学側の取組(修了者のコミュニティ形成や、学びやすい授業形態の工夫、学習成果の可視化等)との連携を図りながら、リカレント教育プラットフォームが主導して地域単位での推進を図る。
③経営者層をターゲットにしたリカレント教育プログラム開発
地域の経営者層等をターゲットにした、上記①の企業側における環境整備や、大学等との連携の促進に資するリカレント教育プログラムを、経営者層側の主体的な参画を得て開発・実施する。
④地域におけるリカレント教育推進に向けた取組の普及啓発
リカレント教育の必要性や有用性を理解・共有し、企業・大学等を含め地域としてリカレント教育を推進する機運を醸成するため、上記取組の成果の普及啓発を目的としたシンポジウム等を開催する。
令和5年度文部科学省補正予算事業別資料集
「従業員の学習インセンティブの向上、学びやすい環境の整備、学習成果の適切な評価などに関する指針を企業側が議論し、定める場を地域のリカレント教育プラットフォームに設け、大学とも連携しつつその推進を図ります。また、経営者が学び直しの重要性を認識しているか否かが、地域のリカレント教育推進に影響してきますので、経営者自身が学び、その価値を見直すきっかけとして経営者層向けのリカレント教育プログラム開発も行います。さらに、現在も行っているリカレント教育推進に向けた取り組みの普及啓発を企業と一緒に強化するなど、フェーズ2の取り組みを通して、産業界との協働・連携をより強めていってほしいと考えています」(菅原氏)
※本記事は掲載時点の情報に基づいて作成しており、最新のものとは異なる場合があります。あらかじめご了承ください。
大学と企業との協働でリカレント教育を推進
最後に、 文部科学省のリカレント教育推進に関する今後の展望をお聞きしました。
「『リカレント教育による新時代の産学協働体制構築に向けた調査研究事業』で掲げたように、VUCAの時代に必要なスキルを提供できる高等教育機関ならではのプログラム開発と、それに対する産業界の評価の促進を目指し、産学協働でリカレント教育の推進を図っていきます。文部科学大臣が認定する職業実践力育成プログラム(BP)の制度も活用しながら、産業界のニーズを踏まえたリカレント教育プログラムを増やし、社会人の学び直しのためのポータルサイト『マナパス』で普及啓発をしていきたいと考えています」(菅原氏)
まとめ
ここでご紹介した新規事業と継続事業は、調査研究や体制構築などが取り組みの主眼ですが、いずれも大学等のリカレント教育プログラムの開発・充実、そして産業界と高等教育機関がともに発展する「リカレント教育エコシステム」につながるものです。
新規事業については、教育プログラム開発に参画する大学等や企業のマッチングはこれからではあるものの、プログラムが開発されたあかつきには、社会人の皆さんが学び直しをする際の選択肢の一つとなることでしょう。
本サイトでも引き続き動向をお伝えしていきますので、ぜひチェックしてみてください。