社会福祉法人 全国手話研修センター 事務局長 小中栄一氏
聴覚障がい者の恋愛を描いたテレビドラマ「silent(サイレント)」「星降る夜に」、手話通訳つきテレビ放送などの影響により、関心が高まっている手話。
その一方で、「手話は難しい」というイメージから、興味はあっても、なかなか一歩を踏み出せないでいる方もいるようです。また、手話や手話通訳の資格や検定、認定試験などはいくつかあり、「何から手をつけてよいのかわからない」といった声も聞かれます。
そこで今回ご登場いただくのは、全国の「手話の拠点」として活動する社会福祉法人全国手話研修センターの事務局長を務める、ろう者の小中栄一氏。同センター手話事業課長の髙井惠美氏、手話検定事務局長の深水千佐子氏、手話検定事務局の中川けさ代氏にもご協力いただき、手話や手話通訳を学ぶ意義や身につけ方、同センターの取り組みなどについてお話を伺いました。
全国手話研修センターの成り立ちと取り組み
コエテコカレッジ編集部(以下、編集部) 全国手話研修センター(以下、センター)の成り立ちを教えてください。
小中栄一氏(敬称略 以下、小中) 2000年に社会福祉法が改正され、手話通訳事業が第2種社会福祉事業として位置づけられました。これを受け、ろう者の当事者団体である「一般財団法人全日本ろうあ連盟」、手話や手話通訳、聴覚障がい者問題についての研究・運動を行う「一般社団法人全国手話通訳問題研究会」、手話通訳士の資質・技術の向上を支援する「一般社団法人日本手話通訳士協会」の3団体が母体となり、2002年に発足しました。翌年に京都の嵯峨嵐山駅そばにある「コミュニティ嵯峨野」に拠点をおいて運営しています。
編集部 センターではどのような取り組みをされているのでしょうか。
小中 主に5つの事業を行っています。1つ目は手話の普及事業。手話を学ぶ人々を増やすため、2006年から全国手話検定試験を実施しています。併せて、手話を中心としたイベントである「京都さがの手話まつり」、聴覚障がい者が制作した映像作品のコンクールである「さがの映像祭」の開催も行っています。
2つ目は手話通訳者(後述)の養成事業。かつて手話通訳者の養成はテキストや指導内容を統一することなく地域ごとに実施され、身につけた技術やレベルに差が生まれていました。現在では厚生労働省の地域生活支援事業として同省のカリキュラムに基づいて行われており、センターでも各地域で同じレベルの手話通訳技術を習得できるようテキストの発行を行っています。
3つ目は手話通訳者・手話通訳士(後述)の資質向上のための研修事業。手話通訳者として都道府県や市区町村に登録されている方、手話通訳士の資格取得を目指す方、手話通訳士として活動されている方のための研修を実施しています。ほかにも、手話奉仕員(後述)や手話通訳者の養成に携わる講師の方々の養成研修、ろう学校などの先生方を対象にした手話講座も行っています。また、手話通訳には日本語の知識も求められますから、ろう講師や手話通訳者のための日本語研修も手がけています。
4つ目は手話通訳者全国統一試験の実施事業。この試験は都道府県などで手話通訳者として登録するために必要な知識・技能を審査するもので、手話通訳者登録試験とも呼ばれます。本試験をそのまま登録試験として採用している地域もあれば、面接など独自の選考を併せて行っている地域もありますが、一部を除くほとんどの自治体で選考過程に加えられ、手話通訳者のレベル差をなくすために実施されています。
5つ目は手話の研究・普及等の事業。センターの設立に伴い、全日本ろうあ連盟の中にあった「日本手話研究所(当時)」をセンターへ移し、現在は「手話言語研究所」として、毎年300語ほどの標準手話を確定して普及に取り組んでいます。このほか、世界の手話を収録したり、法律や条約に関する内容を手話で表現した動画を公開する取り組みも行っています。
編集部 新しい手話はどのように作られるのですか?
小中 まず全国9ブロックでろう者と聞こえる人による研究班を作り、手話言語研究所が用意した新しく作りたい言葉のリストをもとに、各ブロックで一つひとつの言葉にふさわしい表現を考えます。それらの中から最もよいと思われる表現を本委員会で検討し、ホームページでパブリックコメントの募集を行った上で、標準手話として確定・普及を行っています。できるだけ多くの人々が関われる取り組みになるよう努めています。
手話奉仕員・手話通訳者・手話通訳士の違い
編集部 手話奉仕員、手話通訳者、手話通訳士、それぞれの違いを教えてください。
小中 手話奉仕員は、手話奉仕員養成の入門・基礎課程を修了し、手話で会話ができる力を身につけた人のことです。主な活動は、手話サークルでろう者と交流したり、地域のイベントなどにスタッフとして参加したりすること。以前は手話奉仕員として都道府県や市区町村に登録をしていただいていたのですが、今は登録は必須ではありません。
手話通訳者は、手話通訳者養成課程を修了するか、それと同等の技術を身につけ、手話通訳者全国統一試験などの登録試験に合格して地域に登録した人をいいます。手話通訳をするには、手話で会話をする力を身につけた上で、聞いた内容を手話で表現することや、手話で読み取った内容を音声日本語で表現することなど、通訳のためのさまざまな技術を習得する必要があります。活動としては、地域のろう者からの依頼を受けた手話通訳者派遣センター等の要請により、病院での診察や町内会の会議、学校の懇談会などで手話通訳をするケースが多いです。
手話通訳士は、社会福祉法人聴力障害者情報文化センターが厚生労働大臣の認定を受けて実施している手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)に合格し、手話通訳士の資格を取得した人です。裁判、政見放送関連の手話通訳は、この手話通訳士にのみ認められています。
編集部 手話で会話ができるからといって、いきなり通訳ができるわけではないのですね。やはり手話奉仕員からステップアップして手話通訳者や手話通訳士を目指す人が多いのでしょうか?
髙井惠美氏(敬称略 以下、髙井) 一番多いのは、手話奉仕員養成課程を経て手話通訳者養成課程を修了し、手話通訳者全国統一試験などの登録試験を突破して地域に登録するケースだと思いますが、それ以外にもさまざまな道筋があります。
手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)は手話通訳者全国統一試験に合格していなくても受けることができますから、例えば、国立障害者リハビリテーションセンター学院の手話通訳学科に通って手話通訳の技術を身につけ、卒業後すぐ手話通訳士の試験を受けて合格される方もいます。
また、手話通訳者全国統一試験の受験資格は、基本は地域の養成課程を経た方、もしくはそれと同等の力を持ったと判断される方を対象としています。
現在のような手話通訳の養成制度がなかった時に、地域のろう者と交流して技術を身につけ、今も手話通訳活動を続けている人も多いです。
手話通訳の技術を身につけ、高めていくために
編集部 手話通訳者全国統一試験の受験資格である手話通訳者養成課程では、どのようなことを学ぶのですか?
髙井 厚生労働省の手話通訳者養成カリキュラムは、ホップ(基本課程)・ステップ(応用課程)・ジャンプ(実践課程)の3段階でレベルアップしていくように作られています。受講者の多くは手話奉仕員養成課程で手話の基本的な文法を学んではいますが、完全には身についていないことも少なくないため、まずは手話の基本的な技能を確認します。次に、内容を正確に捉えて手話や音声に変換するために必要な、話の内容を要約する技術を学びます。その上で翻訳技術を学びます。手話通訳では同時通訳をする場合がほとんどですが、まずは日本語を手話に、手話で読み取ったことを日本語に、正確に変換する逐次通訳から、ほぼ同時に変換する同時通訳へと、技術を身につけ、高めていきます。
この手話と日本語の2つの言語を変換する技術に加えて、 ろう者がコミュニティにかかわることをサポートする技術も手話通訳者には求められます。例えば、ろう者が会議などでなかなか発言できないときに取るべき対応なども学んでいきます。
編集部 手話通訳士を目指すとなると、さらに高い技術が求められるのでしょうか。
髙井 はい。手話通訳者全国統一試験は、これから手話通訳を始める人を対象に、通訳として最低限必要な技術を確認するものです。一方、手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)は、主に手話通訳者として活動している人のレベルアップが目的ですから、より高い技術が求められます。
また、専門分野に特化した手話通訳士がいるわけではなく、そもそも手話通訳士の数も多くはないので、依頼されれば、いろいろな現場に行かなくてはいけません。例えば裁判の手話通訳をするなら、事前に法律を勉強して準備する必要があるのです。
ところが、ひとたび手話通訳士になると、学ぶ場はそれほど多くはありません。これはコミュニティの中で通訳を担う手話通訳者も同じです。ですから、センターでは手話通訳士がより専門的な学習をしたり、手話通訳者がより技術を高めたりできるような研修を毎年行っています。
「手話で会話できる人」を全国に広げたい
編集部 手話奉仕員、手話通訳者、手話通訳士の中では、 手話奉仕員の人数が一番多いのでしょうか。
髙井 そうですね。正確な人数は把握できませんが、私たちが発行している手話奉仕員養成テキストは年間に1万部ほど購入されています。一方で、手話通訳士の登録者数は2023年3月時点で全国に4000人ほど、手話通訳者全国統一試験の合格者数は2022年度までで約6000人となっています。両者は一部重複しています。
編集部 窓口業務や接客の仕事に手話を活かしたい場合は、手話奉仕員を目指すのがよさそうですね。
小中 おっしゃる通り、手話奉仕員の方が役所の窓口やお店にいれば、ろう者は手話で会話し、用事を済ますことができます。私たちとしては、手話に対応できる人が全国どこにでもいてほしい。そこでセンターでは、全国手話検定試験の運営にも力を入れています。
編集部 全国手話検定試験はどのような内容なのですか?
深水千佐子氏(敬称略 以下、深水) 手話の知識だけでなく、面接委員と手話で会話をすることにより、ろう者とコミュニケーションする能力を評価認定するものです。自己紹介を話題に手話で会話ができるレベルの5級から、あらゆる場面でよどみなく会話ができるレベルの1級まで、 準1級を含めて6つの等級があります。レベルに応じて、地域のろう者との交流や仕事などに活用してほしいと考えています。
会場試験とインターネット試験を、それぞれ年1回実施しています。手話を学習している人であれば誰でも受験でき、3級を合格しなければ2級を受けられない、といった制限もありません。17回目を迎えた2022年度までの合格者は延べ10万人を超えています。受験者の最年少は6歳、最高齢は90歳と、非常に幅広い年齢層の方々が受験しています。
※全国手話検定試験5級、4級の学習ができる「Let’s 手話!WEB学習」(全国手話研修センター)はこちら↓
https://www.enkakukenshu-sagano.com/sign_lang_exam/
編集部 手話はどのように学ぶのが効果的でしょうか。
髙井 手話も他の言語を学ぶときと同じように、コミュニケーションを通して身につけることが大事です。ただ、手話講習会は大体1週間に1回、2時間程度となっていますから、学んだことを次の回までに忘れてしまったりして、身につけることは簡単ではありません。
そこでセンターでは、ちょっとした時間にスマホなどで手話を勉強できる動画教材の開発に取り組んでいます。もちろん、動画だけで勉強できるものではないので、講習会などで地域のろう者とコミュニケーションすることと並行して学びを積み上げていけるようにと考えています。
聞こえない人と聞こえる人がかかわり、高め合える社会へ
編集部 これから手話を学ぶ方、手話通訳者や手話通訳士を目指す方々へのアドバイスやメッセージをお願いします。
小中 みなさんが手話の講習を受けた後、手話サークルに入ったり、ろう者と交流したり、仕事に活かしたりすることで、聞こえない人がスムーズに社会参加できる場が広がっていくことを願っています。
手話を身につけることは簡単ではありませんが、それで二の足を踏んでいる方がいらっしゃるのであれば、非常に残念です。私自身、窓口で切符を買うときなどに手話で対応してもらえたらうれしいですから、まずは「今日はありがとう」といった簡単な手話から覚えていただいて、ろう者に会ったときには、ぜひ遠慮せずに使ってほしいと思います。
また、手話通訳の方がいないと、ろう者は社会に参加したり、職場で自分の力を発揮したりすることが難しいのが現状です。ろう者と聞こえる人が、互いに理解し合おうとする姿勢が求められています。手話通訳者や手話通訳士を目指す方は、ろう者との会話から通訳へと、少しずつステップアップしてがんばっていただきたいと思います。
深水 手話を身につけるのは特別なことではありません。全国手話検定試験の運営を担う私としては、みなさんが挑戦しやすい試験を作るために努力を続け、手話を学ぶ人、手話を通してろう者の理解を深め、共生社会づくりについて学ぶ人を増やしていけたらと思います。ぜひチャレンジしてみてください。
髙井 手話を学んで40年ほどになりますが、それによって私の人生も変わりました。目で見る言語である手話は日本語に比べて曖昧さがないので、自身もはっきりと話をするように心がけるなど、多くの影響を受けました。
今、大学生の方に手話を教えているのですが、新しく身につける言語としても手話はとても魅力的ですから、みなさん、目をキラキラさせながら学んでいます。そんな風に多くの方に手話と出会い、自分に起こる変化を経験していただきたいですし、それが自然と聞こえない人の生活の向上にもつながっていくと思います。聞こえない人と聞こえる人がかかわりながら高め合っていけるといいですね。
小中栄一(こなか・えいいち)
6歳頃に難聴となる。手話は成人した後に本格的に学ぶ。
地域の聴覚障害者協会に入会し、一般財団法人全日本ろうあ連盟の理事としても活動した経験を持つ。その中で社会福祉法人全国手話研修センターにも関わりを持つ。
2018年7月から非常勤職員(事務局次長)として勤務。2022年6月から事務局長。
手話の検定や手話通訳についての記事はこちら↓